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2005年4月〜2008年3月

<目次> 2005/4月〜2008/3月
平成19年度視察研修旅行(08/2/17〜18)シーニックナイト第2弾(08/2/9)シーニックナイト事業(08/1/26)平成20年新年交流会(08/1/25)平成19年度通常総会(07/4/23)平成19年新年交流会(07/1/13) ●平成18年度視察研修旅行(06/9/1〜3) ●長崎県対馬市商工会青年部(05/11/19) ●平成17年度視察研修旅行記(05/11/5〜11/7) ●町長選出馬予定者との懇談(05/9/23) ●平成17年度通常総会(05/4/21)

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●平成19年度視察研修旅行

出発10分後。既に飲んでいます。
 平成19年度の視察研修旅行は、2月17・18日の2日間、千歳アウトレットモール「レラ」の実情視察を行って来ました。
 実は、今回の旅行には当初もう1つの目的があり、8年前のイベント視察で挑戦し惨敗した「石狩冬まつり・鮭の網起こしレース」に再挑戦する予定だったのですが、参加希望者皆無のため中止に。そのため、初日の日曜日は視察を行わず、翌月曜日の「レラ視察」のみの“前泊・翌日研修”の形となったのです。

 今回、参加者は12名。人数的には近年まれにみる人気ぶりでしたが、これも近場の一泊研修で札幌宿泊という手頃さのためでしょう。加えて、新旧部員に人望厚い片岡部長の統率力の高さもうかがえます。青年部員として最後の参加となる人がいれば、初めて参加する人もあり、一体感ある交流と研修でとても意義深い旅行となりました。

ボウリング。
 前日入りした札幌では、視察に先がけてボウリングと会食。お馴染みのパターンです。

 団体戦と個人戦を行ったボウリングでは、片岡部長が個人戦で246の驚異的なスコア(注:2ゲーム合計ではありません、1ゲームでのスコアです)を叩き出して圧勝。考えられない数字です。もしかすると部長にとってはこの日が人生のピークかも。
 その後の食事は、旅行初参加となる観光協会・久保くんのプロデュースで、夜景と観覧車の見えるダイニング・バー「MIKURI」へ。料理の質や運ばれて来るペースも良く、とても落ち着いたお店ですが、いかんせん男12人の団体では見苦しさを隠せません。メニューに載っているすべてのカクテルを注文し、回し飲みする愚行を冒してしまいました。

 日曜日のススキノは思うように飲み歩けず、なんとか二次会まで終えましたが、解散後のエピソードは人それぞれかと思うので、ここでは省略します。ラーメンで仕上げた人、唄声スナックで昭和の雰囲気を楽しんだ人、ホテルに戻ってマッサージを受けた人、・・・などいろいろあったようです。


「レラ」の裏口。
目印はとんがり屋根の時計台。
 さて本題の視察研修ですが、千歳アウトレットモール「レラ」は平成17年4月に開業し、昨年4月に拡大オープンした平屋建築のオープンモールです。
 アウトレットモールとはメーカー品やブランド品を専門に扱うショッピングセンターで、試作品や季節外れのものなど、正規ルートに乗らない商品も低価格で販売しています。現地ではそれぞれにショッピングを楽しみましたが、中には9割引きの靴を自分用に購入した人もいました。限られた時間の中で、そこまで視察し切ったのはさすがです。
 こうした施設は全国に約30か所あり、道内では千歳のほか、「ウイングベイ小樽」がこれに当たります。

「レラスクエア」。
イベントスペースです。
 千歳の施設名になっている「レラ」とは、アイヌ語で「風」の意味、だそうです。
 扱っている品目は衣料品がほぼ半数を占め、ほかにアウトドアスポーツ、宝飾・時計、雑貨、玩具、飲食店など。敷地面積は227,000u、延床面積40,000u、店舗面積28,000u。店舗数は145を数え、そのうち免税店も11あります(利用できるのは外国人のみ)。昨年の拡大オープンの際、面積が1.5倍に、店舗数も50店追加されてのものです。

 駐車場の収容能力は、通常2,200台のほか1,300台分の臨時駐車場を確保しているとのことで、これだけの施設を維持するにはよほどの集客力が必要でしょうね。折りに触れてイベントを催しているようですが、私たちが訪れる前日に「冬の北海道物産フェア」が終了したところで、この日は平日でもあり閑散としていました。駐車場にはそれなりに車が入っていたように見えたのですが、係員が特定の場所に順番に誘導していたせいかもしれません。

見通しの良いフリースペース。
数日前の大雪はどこへ。
 ところで、不思議に思ったことが1つ。
 店舗が並ぶ区画と区画の間に、屋根のないフリースペースがあるのですが、今まで降り積もったはずの雪がどこにもないのです。排雪用の車両が入れるとも思えないし、排雪溝も見当たらず。あるはずの雪山は、いったいどこへ消えてしまったのか。アーケード通路がロードヒーティングになっていて、夜のうちにせっせと運んで解かしているのでは?、との意見もありましたが・・・。

「レラ」の案内板。
マップはちょっとわかり辛い、かも。
   
 余談ですが、私はこの「レラ」は旧千歳空港のターミナル跡地に造られたものと思っていました。
 旧ターミナルは、当初「NEWS」という商業施設に生まれ変わり、その後閉鎖されて取り壊されています。以前、管内青連の視察で「NEWS」にも行ったことがありますが、どうやら「レラ」の場所はJR南千歳駅を挟んで反対側にあるようです(のような気がする)。とんだ勘違いをしていました。


 午後には、予定を消化して一路ニセコへ。
 と思いましたが、時間もあるので千歳市内のボウリング場に立ち寄ることに。出発前から予想していた通りの展開です。ここでは2ゲーム通算の個人戦を行い、年齢の上位4人が4位までを占めました。部長も、ここではさすがに年配者に譲ったようです。あるいは、やはり前日で人生のピークを越えてしまったのか。

 その後も、いくつかのお土産店に寄り道しながら(なぜか「わかさいも」を探していた人がいたため)、午後5時、無事ニセコに到着しました。途中、立ち寄った千歳市内の物産館「北海道まるごと市場」では、「私の恋人」なる人気商品の旗が一面になびいており、それに釣られて恐らくほぼ全員が購入したと思われます。ネーミング・中味とも「白い恋人」にとてもよく似たクッキーです。こちらの物産館には、ほかにも有名商品とよく似た名前のおみやげが並んでいて面白いので、皆さんも機会があれば覗いてみてはいかがでしょう。

 今回、ご一緒できなかった部員もたくさんいたことは残念ですが、いつもより多くの参加者を得て、有意義で楽しい視察研修をさせていただきました。参加した皆さん、お疲れさまでした。



●シーニックナイト第2弾

 「シーニックナイト2008」の第2弾は2月9日(土)、ニセコ駅前温泉「綺羅乃湯」前でイグルーづくりを行いました。
 製作したのは、底辺の直径3メートル、雪のブロックを14段積み上げてのイグルーです。ちょっと我々の手に余る規格外作品でしたが、なんとか完成し、シーニックな夜に間に合わせることができました。
 終了後は、蘭越町商工会青年部の皆さんと合同の慰労会を開催しております。私は参加できませんでしたが、有志の方々が両町を股にかけて飲み歩いたようです。

基礎工事。

2段目。

8段目ぐらい。

内側から。

ほぼ完成。

占いの館みたいな内装。

「NISEKO」の文字盤。
前回より少しバージョンアップしています。

綺羅乃湯を囲むアイスキャンドル。
こちらは温泉スタッフ製作。

綺羅乃湯向かいのキャンドル。
ライオンアドベンチャーさんです。



●シーニックナイト事業

 支笏・洞爺・ニセコルートをキャンドルの灯りでつなぐ「シーニックナイト2008」の協力事業として、青年部新年交流会翌日の1月26日(土)、ニセコ駅前温泉「綺羅乃湯」前でキャンドル製作と点灯を行いました。

 この事業はシーニックバイウェイ北海道の主催で、同日と2月9日の2度、“灯りが繋ぐ雪の道”と題して新千歳空港から恵庭・支笏湖温泉・洞爺湖温泉・留寿都・喜茂別・京極・倶知安・ニセコ・蘭越・真狩の各会場で、午後5時いっせいにキャンドルを灯す、というものです。

 ニセコ町のメイン会場となった綺羅乃湯前では、当青年部が行ったキャンドル製作のほか、綺羅乃湯スタッフの方々による高さ3m余りの大掛かりな文字盤もライトアップされて、寒いけど穏やかな駅前の一夜を彩りました。青年部によるキャンドルは、バケツと一升瓶を利用してつくったスノーランタン214個のほか、片岡部長孤軍奮闘による「NISEKO」の文字盤など、約250本のロウソクを灯した力作です。


スノーランタン製作中。


スノーランタン設置中。
奥では部長が黙々と彫刻中。

スノーランタン点灯中。
チャッカマンは3本しかないのです。

スノーランタン点灯中。
駅前通りが徐々に暮れて行きます。

点灯された「NISEKO」の文字盤。
部長が1人でつくりました。

点灯完了。
にわか記念撮影スポットです。

「NISEKO」の前で記念撮影。
撮影者は通りすがりのお嬢さん。

綺羅乃湯駐車場に現われた文字盤。
そして

こうなりました。
製作は綺羅乃湯スタッフの皆さん。



●平成20年新年交流会

 平成20年の新年交流会は1月25日(金)、ニセコノーザンリゾート・アンヌプリで行われました。
 ご来賓に佐藤町長と役場商工観光課の前原係長、工藤商工会長をお迎えし、部員・事務局と併せて出席者は総勢27名。ここ数年で一番の出席数となりました。

新入部員紹介 今年は片岡部長となって初めての新年交流会です。部員も徐々にではありますが増えており、この日も、入部初対面となる小貫さん(キラットニセコ)、下田さん(北海道ライオンアドベンチャー)が紹介されました。
 お2人を加えて現在の部員数は31名。管内では最も多い人数ですが、その一方で、1年後に5名、5年後までに計11名が定年を迎え退部することになります。町長・会長・部長それぞれの挨拶の中でも触れられていましたが、お金や数に頼る活動よりも、質の高い協力体制が必要とされるところです。その意味では、例年になく多くの部員が集まることができたのは嬉しいですね。

 恒例となったビンゴゲームでは、佐藤町長が一抜けを果たしました。なかなか気配りのできる青年部になりました(^ー^)。この調子で、周りの人たちに喜んでもらえる活動を続けて行きましょう。
 昨年暮れに汾陽理事が開店したニセコ麦酒屋「Tanto」を借り切っての二次会には、工藤会長・前原係長にもお付き合いいただき、感謝感謝。その後の三次会は2つのグループに分かれてしまいましたが、どちらも終了時間は午前2時半だったようです。恐らく、最後まで記憶を維持していたのは私を含めたほんの数名だったことでしょう。

 皆さんお疲れ様でした。今年もよろしくお願いいたします。



●平成19年度通常総会

総会。工藤会長の挨拶 平成19年度の通常総会は4月23日(月)、新年度部員29名中、本人出席16名、委任状出席7名で行われました。ご来賓として、役場から佐藤町長をはじめ折内商工観光課長・前原係長・高田主事のフルメンバーが、また女性部からも日野浦部長と高山・住吉両副部長にお越しいただき、にぎやかに開催することができました。

 さて今回の総会は大幅な役員改選があったほか、工藤商工会長が就任後初めての青年部総会でもあり、そういう意味では新たな一歩を踏み出すきっかけにもなっています。
 工藤会長からは、今年度新たにスタートした「商店街活性化特別委員会」の活動に青年部が果たす役割の重要性と期待感について説明いただき、また佐藤町長からは、厳しい財政の中でも商工会にかかる補助の比重の重要性と、新たな取り組みに対しては積極的に助成して行く旨のお話をいただきました。


懇親会。新入部員の自己紹介
改選後の新役員
部 長 片岡 直人
副部長 今井 幸則
安岡 洋介
理 事 汾陽光次郎
神林 和弘
堀尾 真琴
小野 剛良
松田 哲也
檜  豊明
監 事 柴田 浩二
藤本 拓宏
 役員改選では、2年間務めた藤本部長が今回で退任、代わって片岡新部長が選ばれています。さらに今回は2名の副部長も新任、理事・監事も半分以上が入れ替わることとなり、大幅な若返りが図られました。もしかすると理事に関しては平均年齢が30歳を切っているのではないでしょうか。
 一方、部員の入れ替わりもあり、沢田哲也さんが年齢により退部、檜豊明さん・久保登士明さんの2名が新入部員として紹介されました。

 これで現部員は29名、管内ではまだまだ多い方ですが、私たちの活動にとって大事なのは発想力と行動力、そして動体視力です。柔軟に発想し、機敏に行動し、それと同時に世の中の動向を見極めなければいけません。なかなか難しいですが、がんばって行きまっしょい。

 最後に、若手部員の育成に大いに辣腕を発揮し、新体制をつくり上げた藤本前部長お疲れ様でした。また、その前部長、さらには前々部長よりも青年部歴が長く、部の栄枯盛衰(いや栄々盛々)を見て来た片岡新部長には、さらなる豪腕ぶりを発揮していただき、そして私たちも協力させていただきます。



●平成19年新年交流会

ビンゴゲーム中 平成19年の新年交流会は1月13日(土)、部員12名を含め事務局、来賓など18名が出席し、ホテルニセコいこいの村で行われました。

 今年の青年部は喪中の部員が多く、また他の会合と日程が重なったため出席できない先輩部員たちもいて、ちょっと寂しい出席人数です。見渡せば私が最高齢部員一歩手前でした。
 一方で、親会の役員改選と人事異動があったため、工藤会長や梅本事務局長、泉指導員は初参加。町からのご来賓も、折内商工観光課長はお馴染みの方ですが実は3年ぶりの復帰、桜井係長は初参加(という気はしませんが)とのことで、その意味ではかなりフレッシュな顔ぶれといえましょうか。新入部員の檜くんもこの日が初めての顔合わせでした。

 さて青年部の公式行事に初めて出席された工藤会長からは、「町内、特に綺羅街道を見知らぬ人たちが歩くようなまちづくりを」とのお話をいただき、旅行者が気軽に街に繰り出せる雰囲気づくりを目指す意気込みを語られました。青年部はその中心的な立場ともいえるのでしょう。まだまだ考え、工夫し、行動すべきことはたくさんあるようです。
 また、藤本部長のお話の中にもありましたが、ニセコ町は正部員は少ないながらも、二十代の部員は非常に多く、新入部員もコンスタントに増えています。こうした環境は他の青年部と比べるととても恵まれているのかもしれません。

 そうした環境を今後の活動に生かせるよう、改めて意識を高揚させられる交流会でした。
 てなわけで皆様、本年もよろしくお願いいたします。



●平成18年度視察研修旅行

沖縄本島
沖縄本島関連図
ざっとこんな感じで
視察して来ました
 平成18年度の視察研修は、9月1日(金)〜3日(日)の3日間、沖縄県嘉手納(かでな)町商工会青年部との交流研修を中心に、沖縄本島視察を行って来ました。参加人数は9名。これは平成14年度富良野の8名のあと、小樽・広陵・えりもに続き4年間同数で、HPレポートではいつも「少なめの9名」と人数報告していたのですが、もはやこれが不変の数となってしまったようです。ちなみにメンバーはいつも同じというわけではなく、多少の入れ替わりがあります。

 今回の研修のきっかけは、青年部を含む嘉手納町商工会の方々が昨年秋にニセコ町を視察訪問されたことに始まっており、そのときの縁で、さっそく私たちもお邪魔することになりました。
 一昨年は奈良県広陵町に、昨年はえりも町に、やはり先方からの来訪を縁に視察を組ませていただいたので、こうした交流研修は3年連続となります。やはりニセコ町は全国から注目されているということなのでしょうが、このように各地の皆さんと交流ができ、その土地の風土や町の様子を目の当たりにできるのは大変ありがたいことです。


☆嘉手納町商工会


嘉手納町商工会
事務所での研修にカメラを
忘れたので外観だけ
 さて嘉手納町ですが、初日那覇空港に到着後はレンタカー2台に分かれて沖縄本島を北上。那覇市から北へ約23キロ行った西海岸(東シナ海側)に同町があります。さっそく商工会を探したのですが、気まぐれなカーナビに惑わされ、また双方のナビには多少主張の違いもあるようで、初日私が運転していた後方車は鎌田元部長運転の前方車に振り回されながらも、午後5時頃、なんとか最初の目的地に誘導されました。嘉手納町の皆様お待たせして申し訳ありません。

 嘉手納といえば米軍基地のある町として知られていますが、基地の面積は町全体の83%に及び、残る17%(2.58ku)の中に13700人の町民がひしめいているそうです。
 沖縄本島の真ん中よりやや下に位置しており、本島を縦断する国道58号の左右に同町の限られた中心街があるのですが、これらは国道と町中心部を円形で囲む「嘉手納ロータリー」の内側に位置していて、住居や商工業施設が混在しています。そのため生活や産業振興に制約があるようで、現在はこの限られた土地をさらに有効活用しようと「新町・ロータリー再開発事業」が進められており、その周辺は盛んに工事が行われていました。

 完成は平成20年1月の予定で、拡幅した新ロータリーの内側約37000uに防衛施設庁関連の公的機関、福祉施設などの町民サービス施設、マンションなど中高層住居ビルが整備されるようです。整備内容だけを見ると以前とあまり変わらない雑居状態になるようにも思えるのですが、戦後米軍によって整備された現ロータリーと違い、町の活性化に主眼を置いて計画されているので、町民にとって“使い勝手の良い”ロータリーになるのではないでしょうか。

☆青年部室


青年部の部室
 といったようなことを研修させていただいた後、商工会館に隣接する青年部の部室を見せていただきました。部室を持っている青年部なんて聞いたことがありません。10畳ほどの畳部屋にトイレや流し台が付いており、冷蔵庫まであるところをみると、当然寝泊まりしての会議や打ち合わせもあるのでしょう。

 あとで交流会の中で伺った話ですが、イベントや行事のほか野球やソフトボールなど活動範囲は広いようで(しかもかなり強いらしい)、なるほど別棟の専用部室は大いに役立ちそうです。イベントは町内を流れる比謝川を活用したものが多く、子供たちを対象にした「鯉のぼりフェスタ」、ボート競技の「ハーリー大会」、「YOU・遊・比謝川河童まつり」などが春から夏にかけて行われています。ちなみに嘉手納町の前原部長は河童まつりのTシャツを着ておられました。(私は花フェスタのTシャツと綺羅乃湯のタオルでしたが...)


青年部の会報「あじまぁー」
テーマは『嘉手納町の変化に
何かがある。考えてつかもう!!』
 青年部の中でもう1つ感心させられたのは、「あじまぁー」という会報を発行していることです。「あじまー」とは沖縄の言葉で交差点とか十字路の意味。30年ほど前から年1回発行しているそうですが(その割には号数が多い)、総会に始まり事業やイベントなど年間活動の報告が網羅されており、これを約70部、部員のほか関係団体に配布しているとのこと。
 ニセコ町でいえば「商工会だより」の青年部限定版といったところでしょうが、こうして自らの活動を公表することによって、問題点を見つめ直すことができるし身を引き締めることにもつながるように思います。

☆交流研修

 商工会での研修に続いては、もう1つの目的である青年部の皆さんとの交流研修


「友遊亭」さんでの交流会
 こちらで勝手に予約したホテルから目と鼻の先の居酒屋「友遊亭」さんに交流会場をセッティングしていただき、これまたありがたい心遣い。でも理由はそれだけではないらしく、ここだけでかなりの沖縄料理を堪能させていただきました。

 一方交流の方も、はじめは事務局の我謝指導員のほか、前原部長、池間副部長など数名の方にお相手していただいていたのですが、時間が経つにつれ仕事を終えた青年部員の皆さんに駆けつけていただき、最後には総勢10名ほど。ニセコ町に来られた方がほぼ全員集まってくださったようです。感謝。
 視察先でこうした歓待を受けると、我々も見習って来訪者への対応をよりディープにアグレッシブに、そしてニセコ町に対して良い印象を持っていただかねば、といつも思います。しかしこの歓待の陰には、昨年、嘉手納町の皆さんを1人でススキノ接待した藤本部長の功績もあるのだと心得ねばなりません。感謝。

 二次会はお隣の読谷(よみたん)村までお連れいただき、結局カラオケ合戦となりましたね。当方の部員も日頃からずいぶん沖縄の歌を練習していましたが、1曲目からくじかれました。いきなりマイクを持ったソフトボールのエースに「島人の宝」を歌われると数名は呆然としていたようです。それでもほぼ全員が歌ったのではないでしょうか。とにかく最後まで楽しく過ごさせていただきました。

研修最初の集合写真
米軍飛行場をバックに石嶺
さんに撮っていただきました
 この二次会の行き帰りは、私たちのレンタカーを使って地元の代行運転業者さんに活躍いただきました。ニセコ町でも今年からようやく代行運転がスタートしたところですが、先方のあの様子からするとずいぶん活用されているようですね。今回は読谷村まで足を延ばしましたが、嘉手納町内にもバーやスナックは相当ありましたし、鉄道のない沖縄ですからかなりしっかりしたシステムが構築されているのかもしれません。結構参考にできるかも。

 嘉手納さんとの交流は1日目で終了しましたが、2日目の朝にはエース石嶺さんに「道の駅かでな」の展望台から米軍嘉手納飛行場を説明いただき、夜には前原部長から那覇の二次会用のお店を紹介いただき、その後も知らない土地をさまよう私たちに気遣いの電話を藤本部長宛てにいただいていたようで、なんとも心苦しい限りです。お世話になりっ放しですみませんでした。


☆2日目

 明けて研修2日目、集合時間に遅刻したのは私だけ(^ー^)
 この日は沖縄本島をさらに北へ向かう行程で、道の駅で石嶺さんと別れてからは、途中の食事も惜しんで万座毛(まんざもう)、美ら海(ちゅらうみ)水族館、辺戸(へど)岬と巡りました。2日目のドライバーは藤本部長と堀尾くんです。
 それにしてもこの日は暑かった。車内の温度計で見る外気温は32度でしたが、むしむしとした感覚は北海道ではなかなか体験できないものであり、ほんと外に出るのが嫌でしたね。そういえば初日もそうでしたが、メガネをかけた人は車から外に出るとレンズが曇るという状況でした。普通逆ではないかと思うのですが。


万座毛の断崖
 恩納(おんな)村にある万座毛は、断崖の上に天然芝が広がる景勝地で、足元にはまさに沖縄ブルーの海が見えます。なぜか知らないけど広い芝地があって、その周囲に散策コースが設けられているのですが、散策と考えるとそれほど長い距離とはいえないかもしれません。
 それよりも駐車場の広さとお土産店の多さが目を引きます。私は予備知識がなかったのでよくわかりませんが、相当有名な観光スポットなのでしょう。誰がチェックしたのか知りませんがよくリサーチしているものです。

 さらに北上すると、本部(もとぶ)町に広がる海洋博公園があり、海洋文化館や植物園など、昭和50年の沖縄海洋博覧会の跡地に造られたテーマパークが現れます。私たちはその中でも世界一の水族館といわれる美ら海水族館で2時間ほどを過ごしました。

 どこを見渡しても「わ」ナンバーのレンタカーばかりの駐車場群を抜け、あまり慣れていそうにない誘導員に導かれるままに立体駐車場に車を停めて、シンドラー社のエレベーターで地上に下りると、いかにもテーマパークらしい見晴らしの良い眺望と外観に

美ら海水族館
いかにもテーマパーク
っぽい全景です

私は写真撮影ではぐれ、
気が付くと彼らはスタンドで
ショーを見ていました

イルカのショー
たぶん全国トップクラス
のショーです

ジンベエザメ
わかりにくいけど
かなりデカイです
ちょっと感動しました。
 入館する前に無料でイルカのショーを見られるのはなぜだろうと思いつつ、スタンドで写真ばかり撮っていましたが、このときが一番暑かったですね。

 資料によると世界一なのは巨大水槽の厚さで、水槽そのものの大きさや全長7.5メートルのジンベエザメなどは世界最大級という表現にとどまるようですが、それでもマンタ(巨大エイ)やマナティ(海牛)などの大物を見られたり、巨大水槽を眺めながら飲食できるカフェがあったりと、今回訪れた中ではダントツのお勧めスポットです。1日かけてゆっくり見てもいいかもしれません。



辺戸岬では麹氏が崖から転落
GP氏に助けられました
 沖縄本島北部の大部分を占める国頭(くにがみ)村に入ると、周囲の様子はいっそう秘境の様相が濃くなります。本島最北端の辺戸岬に向かう途中は亜熱帯の植物が生い茂っていましたが、その中には野生のハイビスカスも見られました。
 辺戸岬は、万座毛の穏やかな海とは打って変わって荒々しい波が印象に残ります。岩場もゴツゴツしていて、しかもところどころに亀裂が入っているので「この先一歩踏み出せば足場ごと海に落ちるかも」という気がして油断できません。天気はとても良かったので、海上を遥かに見渡せばかすかに与論島が見えました。このとき既に午後2時。


道の駅おおぎみ
の向かいの砂浜
 その後は那覇市まで一気に南下し2日目のホテルに入ることになりますが、途中の道の駅「おおぎみ」で食事をとり、あろうことか藤本部長は向かいの砂浜で海水浴を始めました。水着を用意して来たのはさすがですが、「沖縄で昼間海水浴をするのは観光客だけ」と言っていた本人が一人実行に移す勇気もさすがです。
 もちろん周りには我々以外誰もいませんでしたし、海に入ったのも部長1人。後に、このとき濡れた水着を洗濯し乾かそうとホテルのベランダに干したものの、逆に雨に降られて出発直前までドライヤーを握るハメになろうとは思いもしなかったようです。


☆3日目

 沖縄といえばやはり首里城でしょう。
 最終日には首里城や海中道路を見てから空港へ、との話もありましたが、前夜の打ち合わせ(お酒の相手をしてくれたお姉様たちとの)によると両方を回るのは時間的に困難であることが判明し、海中道路へは行きたい者だけ早朝のうちに行って来い、との結論に至りました。

 さて朝の集合時間になり、ノーマル派の私たちはロビーでくつろぎ、まだ全員が揃わないので部長は部屋に戻ってドライヤーと格闘していましたが、その後30分待っても人数が揃わず、どうも4人ほど足りません。まさかと思いながら電話をかけてみると、ちょうど海中道路に到着したところだという話。仕方がないのでこちらは5人だけチェックアウトして本島南部の平和祈念公園から首里城を回る行程をとることにしました。
 ちなみに海中道路というのは、うるま市の与勝半島と平安座(へあざ)島を結ぶ全長4.7キロのほぼ一直線の道路だそうで、私は海底トンネルみたいなものかと思っていたのですが海上を走る道路なんですね。左右に海が広がっているのでドライブコースとしても快適なようです。


ひめゆりの塔
 一方、平和祈念公園は糸満市にあり、沖縄戦最後の激戦地となった同地域を象徴する平和祈念資料館や平和祈念堂、平和の礎(いしじ)などが点在しています。公園の敷地を出たところには有名な「ひめゆりの塔」もあり、私たちはそこにいったん立ち寄ったあと、平和祈念資料館を少し時間をかけて見学して来ました。

 ところで私は平成12年2月に宜野湾市で行われた第2回商工会青年部全国大会に参加させていただいたので、沖縄は今回が2度目なのですが、前回は平和祈念堂とその周辺を見学した覚えはあるものの、ひめゆりの塔へは行った記憶がありません。その理由がわかりました。場所が離れているんですね。
 ひめゆりの塔に関しては、もっとそれらしい塔が建っているのかと思っていたのですが、平板の石碑のようなものでした。慰霊塔に対してイメージが壊れたといっては失礼ですが、少女たちが自決したという大きくえぐられたような壕を目の当たりにすると、なんとも重苦しい気分になります。
 見学の際、隣接するひめゆり会館(要するにお土産店)の駐車場にまんまと私たちを誘導したおじさんに対し、ドライバーの鎌田さんが「ひめゆりのおっさん」とつぶやいたことが私の中では今回最大のヒットです。


 そうこうしているうちに、海中道路組はホテルをチェックアウトして首里城まで見終わったとの連絡が入り、私たちも雨の中を那覇市内に戻り首里城公園へ。
 首里城施設内の食堂で、昼食を一緒にとったあと私たちだけ城内を見学し再び別行動となりましたが、海中道路組はこの時間の余裕を利用して、当初買い物を予定していた国際通りの散策も済ませたとのことで、やはり早起きは得しますね。


6年半越しで正面から
撮影できた守礼門
 全国大会の際に訪れているので首里城も2度目。
 ですが前回は心残りがありました。ちょうど二千円札が発行された頃で、その図柄に首里城外の守礼門が描かれているということで話題になっていたのですが、肝心の守礼門前が掘削工事中(発掘工事とも聞きましたが)で立ち入ることができず、門の裏側からしか写真撮影ができなかったのです。
 二千円札もとんと見かけなくなり、今さら守礼門でもありませんが、そこはやはりリベンジを果たしたいもの。見学帰りに探し当ててみると、なんと掘削工事はまだやっていました。しかし現在の工事場所は門の裏側です。さっそく正面に回り、1枚パチリ。これで6年半越しの念願が叶い、今回の旅行の目的はすべて達することができました。


☆あとがき

 沖縄は暑く、そして少しのんびりしている印象を持ちました。車で走っていると感じることですが、周りの車も人も、せかせかしていません。旅行中に誰かが言っていましたが、昼間は暑いので外に出ず、夕方になると出て来て仕事を始めるのだろう、とも。確かに、日中は人を見かけてもあまり“何かをしている”という様子ではなかったような気がします。

 また、街を走っていると、沖縄ならではの光景も結構目につきました。
 南国の植物が植わっていたり、道の左右に米軍の敷地と隔てる柵が連なっていることは再認識するまでもありませんが、そこかしこに祠のような立派なお墓が並んでいたり、「カニ注意」の標識が立っていたり。海岸の道路沿いに何台もの車が連なって駐車していたかと思うと、岩場に喪服姿の人たちが集まってお葬式のようなことをやっていた場面にも出くわしました。
 コンビニの駐車場には「マングース捕獲作業中」の貼り紙をした車が停まっていたり、郊外の道路沿いにはアイスクリーム売りの露店が数百メートルおきに何十軒も置かれています。しかもその店番をしているのは、すべて中・高生と思われる女の子。私たちのような旅行者が気になって車を停めたりするのでしょうか。夏休みは終わっているはずですから、土日だけのアルバイトなのかもしれませんが。


辺戸岬の祖国復帰闘争碑
 今回は利用しませんでしたが、那覇市内を中心にモノレールが運行しています。
 これは6年前に訪れたときには建設工事中だったもので、その後開通したのでしょうが、経路は那覇空港から市内を通って首里まで(だと思う)。電車や市電がなく、沖縄の公共交通機関といえばバスだけだったと思うのですが、既存の都市で移動の利便性を高めるにはモノレールか地下鉄が良いのでしょう。いつか利用する機会があれば乗ってみたいと思います。


 それから今回は2台のレンタカーで移動したわけですが、そのうちの1台のナンバーは「7777」でした。意味もなくわかりやすく、また目立つのでなんとなく厄介な気もしましたが、このナンバーは意外に多いらしく、なぜか最終日に限って同じ「7777」の車とずいぶん遭遇しました。那覇市内で1台、帰道して千歳市内で2台、最後にはニセコ町内まで一緒に走って来た前方の車も気が付けば「7777」。
 特にラッキーなことはなかったように思うのですが、何かこの数字と関わるいわれがあるのでしょうか。まあ強いていえば、9名全員が無事に帰って来られたことはラッキーの部類に入るのかもしれません。出発前に懸念していたような台風に遭うこともありませんでしたし。そう考えると、幸運なことはたくさんありましたね。

 そして何よりも、お世話になった嘉手納町の皆さんに感謝しなければいけません。今回もまた、人のつながりの大切さを実感する視察研修となりました。もう嫌というほど思い知らされていますけど、私たちは来訪者に満足の行く対応ができているのでしょうか。先方から要求されて「面倒だなぁ」と思うよりも、嘉手納の方々のように自分から積極的にお世話をすることも大事ですね。
 それでは参加された皆さん、お疲れさまでした。


※この項に使用した地図の著作権は(C)ゆーりの休日に帰属します。



●長崎県対馬市商工会青年部

 平成17年11月19日(土)、長崎県対馬市商工会青年部の方々18名が研修のため来商されました。
 研修は午後1時30分から行われ、綺羅街道整備などのまちづくりに商工会青年部がどのように関わったか、また観光協会の法人化について、当商工会の硲(はざま)事務局長と潟jセコリゾート観光協会の山本統括部長から説明させていただいています。
 研修は約2時間にわたって行われました。
研修の様子
研修の様子
硲局長と山本部長による説明
硲局長と山本部長による説明
対馬市の方々
対馬市の方々



●平成17年度視察研修旅行記(青年部長 藤本拓宏)

 115()7()3日間の日程で平成17年度商工会青年部研修視察総勢9で行ってまいりました。今回の行き先は、えりも町です。何故えりもなの・・・?との声も耳にしましたが、旅行を終えた今思うことは、えりも町の素晴らしさと旅行での満足感だけです。

視察研修参加の面々 
そもそもえりも町とのつながりは、平成14年度にさかのぼります。えりも町の異業種交流団体、えりも町青年団体連盟の“北海道中あっちこっちまなぶベアー”事業で、会長の南さん他、前青年部長の山中さん(実は山中さんにはこの商工会便りにも寄稿いただいています)や、様々な職種の皆様がニセコに視察に来ていただきました。その時に、「次回は是非えりもにお邪魔いたしますので、第2回の交流会をしましょう」と話してから早3年、ようやく今回実現することが出来ました。視察研修には、いろいろな考え方があります。色々な場所を見たり、行ったことの無い所に行くことも視察なのかも知れませんが、商工会の名前を付けて視察をするなら、一番大切なものは人との交流だと思います。個人旅行で出来ないことは、現地の人との本当の交流をすることです。個人旅行で出来ることは個人ですれば良いことで、商工会員であるならば全国規模のネットワーク(人的ネットワークも含め)を利用しない限り会員でいる意味などないくらいに思っています(あくまで個人的な意見ですが)。そういう意味では昨年の奈良県広陵町に続き今回のえりも町も、素晴らしい視察研修を行うことが出来ました。

新冠レ・コード館 さて話を最初から始めましょう。115()午前745に商工会集合、そして出発。某青年部員の店でビールを買い込み、某店舗社長に「息子さん、旅行行けなくて残念ですね」と聞いてみると、「旅行?彼女と行ってるぞ」「・・・・・。」気を取り直していざ出発。
 午前800には既に“乾杯!”と威勢のいい声が。もちろんドライバーの私は、一切飲んでおりません。部長使いの荒い青年部員たちは、飲むこと飲むこと、休憩の度に車に戻ると酒の匂いにやっつけられそうになってしまいます。

 道中、鵡川で早々にお土産を郵送した後、ひたすらえりも町への道のりをひた走ります。途中、様々な町で無駄にでかい役場や、どう見ても不必要な数々の無駄な施設などなど無駄に税金を使われた公共事業の残骸を眺めながら、いざえりも町に入ってみると、、、最後には無駄の限りを尽くしたような役場が待っていました。えりも町役場を見たことのある人もいるとは思いますが、正直びっくりしました。地元の人の“もう少し税金の使い方考えて欲しいよな”との声は、実感だと思います。
襟裳岬 さて、えりも町では真っ先に山中石油
(前部長のお店です)を探し給油すると、いざ襟裳岬へ。個人的には20年近く前に見て以来だったのですが、やはり圧倒される凄さがあります。人工的なものでは足元にも及ばない凄さ、人間が一番感動するのは手付かずの自然の美しさなんだなと改めて実感しました。個人的に感慨に浸っているとなにやら後方から“♪海が割れるうううのよおおおおお♪♪♪・・・”との歌声が。まさに歌いたくなるような景色()でした。ちなみに声の主はといえば、皆さんご想像の通り()某今井部員(仮名)です。
 襟裳岬で夕日が海に沈んでいく瞬間を、何が悲しいのか男だけで眺めた後、まさにセピア色の景色の中を宿泊予定のかめや旅館へと向かいました。

これはどこ? チェックイン後は、それぞれシャワーを浴びたりビールを飲んだり
()と体調を整えた後、今回のメイン事業である、えりも町商工会青年部ならびにえりも町青年団体連盟の皆様との交流会に臨みました。交流会は現青年部長の荒木さんが経営されている“いさみ寿し”を利用させて頂きました。なんと交流会にはえりも町から15名以上の部員の皆様が参加してくれました。皆様お忙しい中本当にありがとうございました。一人一人座席に名前までつけて頂き、我々が見習わなければならない事がたくさんある、本当に最高のおもてなしを頂くことが出来ました。重ね重ねえりも町の皆様には感謝の言葉もありません。
 交流会ではお互いの挨拶の後は、フリートークにて進められました。様々な意見交換やそれぞれの疑問を質問しあったりと本当に実のある交流を深めることが出来ました。アルコールが進むごとに会も盛り上がりを増し、2次会では山中前部長の襟裳岬に始まる“えりも、ニセコ対抗カラオケ歌合戦”が異様な盛り上がりを見せ、始まった時は私が司会をしていたはずなのですが、終わる頃には司会の仕事をすっかり忘れているような状況でした。

交流会 その後一人二人と脱落していく中、会は4次会まで続いたのでした。最後までおつき合いいただいた皆様本当にありがとうございます。実はこの4次会で、今回最年長参加の某先輩部員(想像通りの方です?)の素晴らしい勇姿を写すことが出来ました。是非皆様にもお見せしたいのですが、ちょっと放送コードに触れるので()残念ながらお見せ出来ません。又何かの機会にでも。さてさて最後は、“是非第3回交流会を札幌で開催しよう”との合言葉で、8時間に及んだ交流会が解散となりました。皆様お疲れさまでした。そしてえりもの皆さんありがとうございました。
 それにしても朝の800から飲んでるやつらは一体どれだけ飲んだのでしょうか?

 
さて二日目には、襟裳岬「風の館」を視察した後、えりも町を後にし、いざ札幌へ。ここでは夏場のイベントの打ち上げを兼ねたご苦労さん会を兼ねていたのですが、仕事の都合やプライベートな用事で、思いのほか出席者が少なく、しかも前日の疲れも手伝って早々に切り上げることになりました。一番元気だったのは、やはり2日目から参加の鎌田元部長だったようです。ちなみに鎌田さんは、当日行われたちょっと変わったルールのボーリング大会の優勝者でもあります。鎌田さんの勝因はやはり狙って1ピンしか倒さなかったことですよね。(参加者にしかわからない。)
 二日目以降は仕事の都合上、自由解散ということで、それぞれ仕事に差し支えないように帰ったのではないかと思います。めでたしめでたし。スペースもないのでこの辺で終わりにします。

 皆様お疲れ様でした。



●町長選出馬予定者との懇談

 平成17年9月23日(金・祝)、青年部と女性部合同で、来月の町長選挙に現時点で出馬が予定(噂)されるお二人を招いての懇談会を行いました。
岡内隆博氏
岡内隆博氏

岡内氏との懇談
岡内氏との懇談
佐藤隆一氏
佐藤隆一氏

佐藤氏との懇談
佐藤氏との懇談

 逢坂誠二前町長の退任・衆議院議員への転身に伴うニセコ町長選挙は、10月4日(火)告示、9日(日)投票の日程が決まっています。そうした中で、役場を退職した前総務課長の岡内隆博氏前保育所長の佐藤隆一氏が後援会組織を立ち上げ、連日町内各地で懇談会が行われているところであります。そこで私たちも、お二人の考えを聞き意見交換の場を設けるべく両後援会にお願いして、日程と時間調整の結果、この日の懇談となりました。

 会場の商工会会議室に集まったのは青年部・女性部合わせて約30名。午後2時15分から岡内氏と、同4時30分から佐藤氏と、それぞれ1時間30分ほどお話をしました。
 両氏とも新しい町政への意欲があふれており、産業、財政、福祉等々の独自の構想をお聞きすることができ、さらにはイベントや施設改善、ゴミ処理問題など日頃疑問に思っていることについての意見も活発に、和気藹々と交わしています。お陰で私たちもまちづくりへの意識を喚起し、町政参加の重要性を再認識する機会となりました。

 両氏と町民との対話集会はまだまだ続くことと思いますが、私たちはこの日の対話を念頭に、あるいは今後の対話も参考にしながら、町の将来を考えて行くことにします。



●平成17年度通常総会

 平成17年度の通常総会は4月21日(木)、新年度部員31名中、本人出席18名、委任状出席7名で行われました。来賓には、役場から逢坂町長のほか新たに商工担当となった鎌田参事と桜井係長、また女性部から日野浦部長と高山・住吉両副部長にお越しいただいています。

懇親会での藤本新部長の挨拶 この年度変わりにはひとつの区切りがあったように思われ、挨拶の中では、綺羅街道完成を契機に始められた花フェスタ事業が当初計画の3年を終えたこと、町村合併協議においても合併しない方向で協議会が解散したこと、などについて触れさせていただきました。その一方で、樫原商工会長からは時代の動きを15年周期で捉えて行くお話をいただいています。これを勝手に総合すると、将来の町の姿をある程度明確に描きながら、今の仕事を考えなければいけない、ということになろうかと思います。

改選後の新役員
部 長 藤本 拓宏
副部長 片岡 直人
塚越 弘之
理 事 今井 幸則
柴田 浩二
安岡 洋介
神林 和弘
汾陽光次郎
谷崎啓一朗
監 事 鎌田 浩一
佐竹 久蔵
 総会では、16年度の事業報告と収支決算、17年度の事業計画と収支予算について承認いただき、今回は2年に1度の役員改選もあって、新役員が決まりました。私も部長を2期4年務めさせていただきましたが今回で退任となり、後任に藤本新部長が選ばれています。この間、部員や会員の方々にご協力いただいたことに感謝するとともに、新体制にも一層のご支援をいただけるよう、お願いする次第です。

 また、歴代部長である牧野純二さん、前田孝之さんのお2人が年齢により退部されました。ちなみに逢坂町長もお2人と同級生であります(町長“の”ではなく、あくまでも町長“が”同級生、という前田さんの持論)。いずれも「綺羅街道」の発想から完成までをリードした偉大な部長です。
 昨年総会以降の新部員として、谷崎啓一朗さん、小野制剛さん、山田富男さんの3名が入部し今回紹介させていただきましたが、これにより新年度の部員数は31名となりました。

 ともあれ、新体制&新メンバー加入のニセコ町商工会青年部をよろしくお願いいたします。




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