地方競馬 連続時代小説〜中・長距離編〜


■作品1『叙任』 1995/10/09
■作品2『叙任』第2部 1995/10/17
■作品3『叙任』更別特別の部 1995/10/19
■作品4『叙任』天下布武 1995/10/29
■作品5『深慮遠謀』 1996/06/20 旭川・金杯
■作品6『命運』 1996/07/12
■作品7『上雨紛の戦』 1996/08/15 旭川・ブリーダーズゴールドカップ
■作品10『黒幕』 1997/08/20 旭川・ブリーダーズゴールドカップ GU
■作品13『密議』 1998/04/24 札幌・瑞穂賞 登録時点
■作品14『政策』 1998/04/26 札幌・瑞穂賞 登録時点
■作品18開幕に当たって時代小説おさらい 1999/04/04
■作品21『家督』 1999/12/23 門別・道営記念
■作品26『放浪』 2001/05/17
■作品29『落鉄』 2002/06/11 札幌・ステイヤーズカップ
■作品31『引退』 2002/07/06

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■作品1『叙任』 1995/10/09


(1,キタノジライ)朝廷からの使者はまだか(;x;)
 城内はにわかに殺気立っていた。
 江戸表に詰めていた藩主スガノオージが急きょ国許に戻され、かねてから通達があった使者を、近習たちと共に待ちわびているところである。

 傍らにはお気に入りの侍女クラシャトルを侍らせ、下座には側役のキタノジライをはじめ、中小姓のベストファーザー、留守居役のクリスタルオートなどが控えていた。
 いずれもスガノオージとは同輩で幼い頃からの遊び友達で、最も出世が早かったキタノジライが3歳のときに全日本3歳優駿守に任ぜられたのに続き、4歳時にはベストファーザーが北斗盃守に、クリスタルオートが王冠賞守にと次々に叙任せられ、その中にあってスガノオージは、ただ一人冠位も受けずにひたすら同輩の活躍を影に日向に支え続けてきた。

 しかし同輩たちは、仲間内で最も気品高く穏やかな馬柄のスガノオージが、自分たちが足元にも及ばない高貴な存在であることを早くから感じとっていた。
 たとえ無冠であろうともスガノオージを主人と仰ぎ、彼らがそれにつき従う上下関係が形成されて行ったのは、自然の成り行きといってよかった。


(1,ダービーベンド)ドドドドドド
(1,ベストファーザー)なんじゃ騒々しい
 そこへ息咳ききって飛んで来たのは、新進気鋭でお調子者の若侍ダービーベンドである。
 この場に連座する同輩たちには遅れをとったものの、今年に入ってからの目ざましい働きが認められて、侍女クラシャトルがブリーダーズゴールドカップ祭に出向く際にその案内役を仰せつかった者だ。
 祭のあまりの迫力に気圧されたダービーベンドは、クラシャトルを先導するどころか馬波の最後方を離れて着いて歩いただけに終わってしまった。
 ところがその情けなさがクラシャトルの女心をくすぐり、彼女の口利きで藩主スガノオージから金杯の冠位を授かったばかりである。

(1,ダービーベンド)ただ今、都よりのご使者ご到着にございます!
(1,スガノオージ)うむ。苦しゅうない、これへ通せ。
(1,ダービーベンド)ははっ。
 その場に、朝廷JRAからの使者として都から遣わされたミヤコスイセイと、大升の箱を抱えて同行したキタノカンセイが通された。

(1,ミヤコスイセイ)若殿さまにはご機嫌うるわしく、恐悦至極に存じます。
(1,スガノオージ)これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。ささ、もそっと近う。
(1,ミヤコスイセイ)ははっ。
 使者は膝行して1,2歩御前に近寄り、うやうやしく述べた。
(1,ミヤコスイセイ)本日はこれに控えおる共の者が抱えし朝廷よりの品をお納めいただきたく、持参いたしましてござりまする。
 そう言って開けられた升箱からは、この世のものとも思えない神々しい輝きを放つ黄金の冠が現れ、一同から感嘆の声が漏れた。


(1,ミヤコスイセイ)毎日王冠にございます。


(1,キタノジライ)これはなんとも見事な冠かな。まこと我が殿にふさわしき王冠なれば、これで藩外からも名実ともに王子と呼ばれましょうぞ。
(1,クリスタルオート)なるほど同じ王冠でも、それがしが授かりし王冠賞とは比べようもない輝きでござる。
 本気とも皮肉ともつかない誉め言葉を発したクリスタルオートは、国許の留守居を預かる役目を仰せつかっている。
 藩主スガノオージが江戸に参勤しているのをはじめキタノジライやクラシャトルなどが藩外で名を馳せているのに感化されて、江戸からやって来た興業師による札幌日経オープンの役者募集に勝手に名乗り出た上に散々な結果に終わったため謹慎中の身だったが、最近になってようやく出仕が許されたところである。

(1,ベストファーザー)これほどの王冠を賜る光栄。我が殿にはさぞや高い冠位の叙任があるものと心得まする。
(1,ミヤコスイセイ)ははっ。さればこたび朝廷より、G2位府中守に任ずるとのご下賜ありましてございます。
(1,一同)ををををををを

 G2位といえば当時の冠位の中でも上から2番目に位置するものである。
 同輩たちがスガノオージに先んじてそれぞれの冠位を得たとはいっても、いずれも無位の冠名で藩内だけにしか通用しないローカルなものであるのに比べ、スガノオージのそれは全国にその名を轟かすに十分な響きを持っている。

(1,ミヤコスイセイ)おめでとうございます。
(1,一同)おめでとうございます。

 これにより、長きにわたって続いた藩主無冠の逆転現象に終止符が打たれ、スガノオージは誰はばかることのない5歳世代のあるじとしてその座に君臨するに至ったのである。


連続時代小説のきっかけとなった第1作目。これは道営3冠戦のあと中央に下がったスガノオージが、5歳時(旧年齢)に毎日王冠を勝ったことがモチーフ。本編以降ではJRA=幕府ということになるが、ここではJRA=朝廷の設定。しかもアラブの2頭がなぜかJRAからの使者に。

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■作品2『叙任』第2部 1995/10/17


(1,ササノコバン)おお,スガノオージ殿,今日も武芸の稽古とは精が出るのう。
(1,スガノオージ)これはこれは大殿。ご機嫌うるわしゅう存じます。
 朝廷よりG2位の冠位を得た道営藩主スガノオージは2週間後に控えた「秋の園遊会」にて開催される武芸大会に向けて,日々鍛練の時を過ごしていた。そこへぶらりと現れたのは先代藩主ササノコバン道営記念守である。ササノコバンは朝廷からこそ冠位を得ていないものの藩内では随一の武芸者として皆の尊敬を集めスガノオージとて常に範としてきた大藩主であった。長年の武者修行で傷めた足を癒すため藩主の座をスガノオージに譲ったばかりである。

 さてその武芸大会だが,全国より選ばれし18名の強者が集い技を競うものである。優勝者にはG1位の冠位が叙任され帝への拝謁が許されるという大変名誉な大会である。しかし,府中守に任ぜられスガノオージの武勲は全国に轟いたものの,この大会は武芸だけでは出場できない。多額の献上金を支払った上位18名の者にだけ出場が許されるのである。

(1,ササノコバン)貢ぎ物は十分だったのかのう。
(1,スガノオージ)はっ。先週新たに金六千四百万両を献上したばかりにて。
(1,ササノコバン)ほほう。それは随分と用立てたものじゃ。まあ金子が足りぬ時はいつでもこのササノコバンに頼るがよい。もっともわしの小判は献上した途端に笹の葉になってしまうがのう。ほっほっほっ。
(1,スガノオージ)これは大殿。お戯れを。はっはっはっ。
 尊敬する先代藩主があまりにも下らない冗談を言うので, 半ば顔をしかめながらもスガノオージは侍女クラシャトルに召し替えをさせていた。

(1,ダービーベンド)ドドドドドド
(1,トキノクンショウ)何事だ。騒々しいぞ。
 そこへ息咳ききって飛んで来たのは、新進気鋭でお調子者の若侍ダービーベンドである。

(1,ダービーベンド)ただ今、江戸表よりコンサートボーイ様がお戻りになり火急の用件にて殿へのお目通りを願っております。
(1,スガノオージ)うむ。苦しゅうない、これへ通せ。
(1,ダービーベンド)ははっ。
 その場に通されたのは, 若輩ながらその腕と実力を見込まれ抜擢されて江戸表に勤務しているコンサートボーイである。表向きは修行中の身ながら常陸や近江に放った草の物を管轄しており情報収集力には定評がある。

(1,コンサートボーイ)殿にはご機嫌うるわしく、恐悦至極に存じます。
(1,スガノオージ)うむ。挨拶は良い。火急の用件とは園遊会のことじゃな。近う。
(1,コンサートボーイ)ははっ。常陸の国に放った草の物から届いた密書でございます。
 そう言ってコンサートボーイは密書を家老のトキノクンショウに差し出した。

(1,スガノオージ)読んで聞かせい。
(1,トキノクンショウ)ははっ。「こたびの園遊会に出場を希望せる者総勢34名にて・・」
 そこでトキノクンショウは一瞬言葉に詰まった。

(1,スガノオージ)どうした。続きを読まぬか。
(1,トキノクンショウ)「殿の献上金の額は第19位にてございます」
(1,スガノオージ)何と! あれだけ貢いでもまだ足りなかったと申すか!
(1,トキノクンショウ)殿っ。恐れながら。
(1,スガノオージ)何じゃ。申してみい。
(1,トキノクンショウ)園遊会には多額の献上金を積んでも結局体調思わしくなく出場を見合わす者も多数おります。19位であれば出場はほぼ確実かと存じます。
(1,スガノオージ)なるほど。しかし,前回聞いた報告では18位以内には確実に入れそうだと聞いておったが, 一体どうしたことじゃ。そちの耳には何か入っておるか。コンサートボーイ。
(1,コンサートボーイ)ははっ。江戸城に放った草の報告では今回は当初は予定していなかった上様も園遊会に出陣なされたいとの情報も耳に入れております。
(1,スガノオージ)何と! 上様自らご出陣とな!


(1,コンサートボーイ)ははっ。ハシルショウグンでございます。


 一同はしばらくの間言葉を失った。

(1,スガノオージ)何故上様がわしの邪魔をなさるのか。わしが恨みを買う覚えはないぞ。
(1,トキノクンショウ)殿っ。恐れながら。
(1,スガノオージ)何じゃ。
(1,トキノクンショウ)上様は朝廷から征夷大将軍の位を授けられし者でございます。夷を征すとは蝦夷(えみし)即ち我等を征すということに他なりませぬ。こたびの毎日王冠での殿の活躍を見て何としても我等蝦夷のG1位の戴冠を阻止せんとしてのご出陣かと存じます。
(1,スガノオージ)・・・・・
 スガノオージは完全に言葉を失った。

(1,トキノクンショウ)私も江戸詰めが長かったので上様のことはよく存じております。かつては帝王を名乗るほどの達人だったと・・・・

 もはやスガノオージの耳には何も入って来なかった。園遊会に招かれた暁には上様にだけは蝦夷の名にかけても絶対負けてなるものかと内なる闘志を燃やすのであった。


この1作はBID氏によるもの。毎日王冠を勝ったスガノオージは天皇賞に登録したが、当初賞金順で19位に甘んじ「次点」の立場であり、しかも登録馬の中にハシルショウグンがいたことが格好のネタになった。さらに道営藩には前藩主としてササノコバンを、家老職としてトキノクンショウを登場させるなど人事にも介入(^ー^)

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■作品3『叙任』更別特別の部 1995/10/19


(1,マチカネオトコヤマ)殿、お呼びにござりまするか。
(1,スガノオージ)爺、2週間後の園遊会に出場するに当たって、わしも弱点の克服をしようと思うてな。
 マチカネオトコヤマは3年前に幕府をお役御免となって道営藩に召し抱えられた老臣で、藩主スガノオージの幼い頃からその傅役を勤め、老いたりとはいえ今もスガノオージの良き相談相手としてその地位を確固たるものにしている。
 長年の苦労がたたってか、いつしか下の方は不能となってしまったが、頑固さでは藩内随一と評判である。

(1,マチカネオトコヤマ)弱点と申しますと、抜き味の遅さと決め手のなさのことでございますな。
 マチカネオトコヤマはスガノオージのことはなんでも良く知っていた。藩主に対してこれほどはっきりともの申せるのは、家臣の中ではこの男だけだ。

(1,スガノオージ)その通りじゃ。聞けば城下にオースミダイナーなる無類の剣豪がおるそうな。その昔は上方でたいそう鳴らし将来を嘱望された早技の持ち主と聞く。その者を召し出してわしの指南役を勤めさせたいのじゃ。
(1,マチカネオトコヤマ)オースミダイナーでございますか。。。かの者は行動まことに不可解にて神出鬼没。ときどき思い出したように町屋の道場に現れては、強者たちを相手に暴れておるとか。そのくせ、藩が主催する大事な試合には一度として顔を見せたことはございません。その上、近ごろ藩内では悪しき噂もございますれば...

 そこまで言い置いてから、マチカネオトコヤマは口ごもった。

(1,スガノオージ)なんじゃ、悪しき噂とはどのようなものか。はっきり申せ。
(1,マチカネオトコヤマ)はっ。さればあの者、公儀の隠密ではないかと...。
(1,スガノオージ)なんと、公儀の隠密とな...。そのような者が我が藩に潜入していると申すか...。

(1,マチカネオトコヤマ)御意にございます。しかもあの者は幕府に出入りする豪商・山路屋秀則が抱える手だれの一人にござりますれば、ご用心なさるが肝要かと。。。今や幕府において大老格の実権を握る上様御側御用人ナリタブライアン様や、先ごろ京都瓦版守に任じられた御小姓のナリタキングオー様などに通じておるやも知れませぬ。
(1,スガノオージ)うーむ。我が藩に赴いても山路屋が手放さぬほどの剣達、野に置いておくには惜しいのう。さすれば本日、城内赤レンガ道場において催された御前試合にも姿を見せなかったのはそのためか。
(1,マチカネオトコヤマ)いかにも。本日は御前試合に見向きもせず、城下の更別道場にて下々の者が集まった特別試合に現れたとの由にございます。

(1,ダービーベンド)ドドドドドド
(1,マチカネオトコヤマ)なんじゃ、またお前か。こたびは何事じゃ。
 そこへ息咳ききって飛んで来たのは、新進気鋭でお調子者の若侍ダービーベンドである。
 赤レンガ御前試合でも勢いにまかせて3番手柄をものにした。

(1,ダービーベンド)ただいま町廻りの者がもたらした情報によれば、オースミダイナーは更別道場にて叩きのめされ、辛くも掲示板の5番に名を残して帰って行ったそうにございます。でへへへへ。
(1,マチカネオトコヤマ)いつもながら期に即した伝達は結構じゃが、そのだらしのない笑いはなんじゃ。
(1,ダービーベンド)はっ。更別の試合にては、我が遠縁に当たるダービーコートが後半までオースミダイナーにぴったりと張り付き、見事1番の栄誉を勝ち取った由にございます。これで5連勝でございまする。でへへへへ。

(1,スガノオージ)おお、女だてらに蝦夷優駿にて若者頭となった元気者じゃな。
(1,ダービーベンド)ははぁっ。殿に覚え置きいただいたとは、我が一族末代までの名誉にて、ありがたき幸せに存じまする。
(1,スガノオージ)いやいや、そちやダービーコートらの闊達な働き、いつも頼もしく思うておるぞ。ダービーコートもそのうち侍女に召し出したいものじゃ。はははははは。

(1,マチカネオトコヤマ)笑うておる場合ではございませぬ。殿もまだまだ元気闊達なる年齢なれば、指南役など頼りにせず堂々となされませ。
(1,スガノオージ)うむ。いつもながら爺の言葉には励まされるわい。園遊会では爺の弟のマチカネタンホイザ殿も出陣される由、こなたもまとめて打ち破ってくれるわ。
(1,マチカネオトコヤマ)殿。。。。。(;x;)


中央6戦5勝から道営入りしたオースミダイナーが、たまにオープン特別に出て来て連勝していた当時。重賞に初めて出走したのはこの1年後のことであり、以後は地元で2年間重賞皆勤を含め20戦連続重賞出走馬に豹変した。

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■作品4『叙任』天下布武 1995/10/29


 城内西の丸の一角にしつらわれた狭い茶室の中で、スガノオージとスガノスキーは向かい合っていた。
 スガノオージは無言のままふくさを捌き、立て終わった茶を、静かにスガノスキーの前に奬めた。

 茶室の周囲は水を打ったように静まりかえり、庭石に据え付けられたししおどしの竹樋の音だけが、時折ふいに静寂を破って響いていた。
(2,ししおどし)コーン

(1,スガノスキー)いつもながら結構なお点前にございますな。

 このご仁は古くから城下に住まわる儒学者で、藩内でその名を知らぬ者はなく、一時江戸に出て根岸ステークスの茶会などに出席したこともある。
 茶の湯はもとより、学者にしては武芸にも秀でた鬼才で、若い頃は陸奥の国水沢に赴いてダービーグランプリに参加し、見事優勝したと思った次の瞬間、笠松藩が送り込んだ刺客トミシノポルンガに出し抜かれた苦い経験を持つ。
 当時江戸住みだった家老のトキノクンショウとは、そのとき一緒に出し抜かれた仲だという。

 スガノオージのような若き藩主にとっては、名門スガノ家の同族であるばかりでなく、藩政を司る上でなくてはならないブレーンでもある。


(1,スガノスキー)帝への拝謁はかなわなかったようでございますな。
(1,スガノオージ)はい。お恥ずかしい限りでございます。
(1,スガノスキー)殿のような勢いのあるお方には、時の老中サクラチトセオー様や京都所司代マチカネタンホイザ様などからの風当たりも強うございましょう。大坂城代のナイスネイチャ様などは殿の威風を恐れてご欠席なされたとか。
(1,スガノオージ)こたびは、いよいよ拝謁が叶おうかという最後の直線になって、側用人のナリタブライアン殿や、大奥を牛耳るホクトベガの局といった陰の実権者に行く手を妨げられましてございます。あれしきのことで怯んだ己のふがいなさがやりきれのうござる…。

(1,スガノスキー)殿は、藩主の任に耐えかねておられるようですな。
(1,スガノオージ)先生....。
 いきなり図星を突かれたスガノオージは、言葉を失った。
 この馬物には何事も隠しだてはできないと思った。
 だからこそ、このご仁に相談をしようと、今宵密かに茶室に招いたのである。

(1,スガノスキー)殿はまだお若い。いずれ天下を取る機会も訪れましょう。さりとて、国許と江戸とを往復しいずれつかぬ生活をしていたのでは、この大事を成し遂げられるものではございませぬ。江戸に根を下ろし、幕府にはびこる老練若練の者たちを常に牽制し、殿の威勢を見せつける必要がございます。我が先代藩主のササノコバン様は、一時は健康を害され殿に藩主の座を譲られたとはいえ、まだまだ隠居なされる齢ではございますまい。
(1,スガノオージ)先生.....(;x;)
 すべてを見透かした上での、示唆に富んだスガノスキーの言葉に、もはやスガノオージが返す言葉はなかった。


  〜〜その頃、本丸御座の間では〜〜

(1,キタノジライ)次の将軍の座はどうなるのであろう。
(1,ベストファーザー)やはり、上様は失脚なされるというのか。
(1,クリスタルオート)いかに上様とて、園遊会で大差のどん尻では致し方あるまい。
(1,キタノジライ)時の権勢から言えば、老中のサクラチトセオー様か、若年寄のジェニュイン様か。陰で実権を握る御側用人のナリタブライアン様とて黙ってはいまい。
(1,ベストファーザー)恐いのは大奥でも一目置かれているヒシアマゾン院様じゃな。
(1,クリスタルオート)しかしなんといっても、ライブリマウント生産者黄金守様は激しい砂煙を上げて全国を駆け回り、地方各藩を掌握なされておる。我が藩とて例外ではない。
(1,キタノジライ)いかにも。今の世の中、草の根運動を制した者が勝ちじゃ。
(1,ベストファーザー)我が殿には勝算はいかがであろうか。
(1,クリスタルオート)恐れ多いことながら、今の殿のお力では到底ライブリマウント様に太刀打ちできるとは思えん。

(1,ダービーベンド)ドドドドドド
 そこへ息咳ききって飛び込んで来たのは、新進気鋭でお調子者の若侍ダービーベンドである。
(1,キタノジライ)来たかダービーベンド。たまにはそちの意見も聞きたいものじゃ。


(1,ダービーベンド)大殿の御成りにございます!

(1,一同)なんと、大殿が!
 一同は座の左右に散って平伏し、厳かなドラの音とファンファーレをバックに現れた前藩主のササノコバンが、その真ん中を突き進んで奥の座にドッカと座った。

(1,ササノコバン)そのライブリマウントとかいう成り上がり者、このわしが直々に馳せ参じて討ち取ってくれるわ。
(1,ベストファーザー)大殿・・・。
(1,ササノコバン)聞けば、暮れに将軍家大井屋敷にて催される江戸大賞典の茶会に、幕閣の名代としてライブリマウントが出席する由。その日、間違いなくきゃつが大井屋敷にまかり越すことがわかっておる以上、密かに潜入し首を討ち取ることはいとたやすきこと。しかも大井屋敷といえば上様のお膝元なれば、これを機に我が藩が幕政の実権を握るまたとない機会となろうぞ。
(1,クリスタルオート)大殿...。
(1,ササノコバン)皆の者、このわしの力で将軍位を射止め、我が藩にその座をもたらしてくれるわ!ダービーベンド、そちを御先手組頭に任じ、切り込み役を命ずる。武士としての心意気があるならば、見事先導役を果たして見せよ。
(1,ダービーベンド)は、ははぁ〜っ。
(1,一同)大殿...(;x;)

 一同はただ声もなく涙を浮かべ、膝からはずして畳に落とした片手を支えにして見上げるササノコバンの顔は、涙の幕の向こうにぼやけて揺れるばかりであった。


スガノオージは4角でナリタブライアンとホクトベガに挟まれる格好で進路を失い天皇賞を惨敗、ハシルショウグンは大差のしんがり負けに終わっている。そもそもJRA在籍のスガノオージが道営藩主であったり実力の伴わないハシルショウグンが将軍であっては今後のストーリーに差し障りがるので、ここで基本設定の修正に当たった1題。一応前藩主であるササノコバンに現場復帰の形で登場願い、以後は“天下獲り”をテーマに連続時代小説を展開することとなる。作品単体のディテールとしては、当時の大河ドラマ「八代将軍吉宗」で目立っていた儒学者の存在を持ち出したところがミソ。

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■作品5『深慮遠謀』 1996/06/20 旭川・金杯


 城内西の丸の一角にしつらわれた狭い茶室の中で、ササノコバンとスガノスキーは向かい合っていた。

 ササノコバンは道営藩の前藩主であり、現在は幕府の重馬場奉行を勤めるスガノオージにその座を譲っているが、藩内では隠然たる勢力を保っており、その実権を握っている。いわゆる院政というやつである。
 スガノスキーは城下に居を構える儒学者。歴代の藩主からなにかと藩政の相談を受けることが多い、いわば藩の顧問のようなものだ。

(1,スガノスキー)今宵は金杯早駆け大会が行われる日でございますな。
(1,ササノコバン)さよう。我が藩の武門も一本調子では時代に遅れる。そこで家老のトキノクンショウを中心に「早駆け選抜プロジェクト」を組み、日の本一の短距離走者を育成しようという壮大なマロンなのじゃ。
(1,スガノスキー)(ロマンだろ)

(1,ササノコバン)こたびはオースミダイナーにも声をかけましてな。公儀隠密との噂もある一介の素浪人じゃが、とにかく藩を挙げての一大プロジェクトだけに、今宵の結果次第では藩士に採り立て、安定した稽古環境と生活を保証することになっておる。あ奴もかなりその気になっておるようですぞ。
(1,スガノスキー)それは楽しみ。我が藩もいよいよオールラウンドな猛者が揃うというわけですな。大殿も今年こそは生産者黄金杯で日の本一の砂侍になっていただかねば。そのためには他藩に負けぬ準備活動も肝要でございます。
(1,ササノコバン)ふっふっふ。案ずることはありませんぞ。このわしとて、国許でただノホホンと暮らしているとお思いか(^ー^)

 と、そのとき、茶室の障子の外に、かすかな馬の気配が湧いたのを、スガノスキーは感じ取った。


(1,ササノコバン)ノイズレスウイナーか。
(2,ノイズレスウイナー)はっ。
 障子の向こうの闇の中から、低く押し殺した声が返ってきた。

 ノイズレスウイナーは、ササノコバンが初めて道営記念試合で優勝した2年前に4位となり、その並々ならぬ気概に感じ入ったササノコバンによって幕府に放たれた密偵である。
 幕府内では中堅級の九の階級から準開放級まで幅広く探索し、この春から上山藩に本拠を移して、さつき賞之武道会を制するなど、早くも藩内を掌握しつつある。
 今後は陸奥・出羽から越後に至るまで東北一帯に探索の手を伸ばすつもりらしい。

 江戸勤番で近ごろ本格的に勢力を伸ばし始めたコンサートボーイとともに、道営藩の諜報活動を支えるエリート部隊の先鋒といっていい。

(1,ササノコバン)探索の方は順調に行っておるか。
(2,ノイズレスウイナー)はっ。来月新潟藩にて3藩合同の東北サラブレッド大賞典なる催しがありますれば、あるいはその中に他藩の刺客候補がおるやも知れませぬ。
(1,ササノコバン)ふむ。そちの目に止まる強者はおるかな。
(2,ノイズレスウイナー)新潟藩のトミノゴーラン、岩手藩のヘイセイシルバーなどを密かに探っておりますが、なにぶんにもまだ手合わせしておりませんので。
(1,ササノコバン)なるほど。そちもその無礼者大賞典なる集まりに潜り込もうというわけじゃな。報告を楽しみにしておるぞ。くれぐれも気づかれぬよう、引き続き尾行せよ。
(2,ノイズレスウイナー)心得ましてございます。(無礼者じゃないってヘ(^_^;ヘ))

 そう言うと、障子の向こうにあった馬の気配は闇にとけ込むように消え、茶室の外は再び沈黙の暗闇と化した。


(1,スガノスキー)さすがは大殿。情報収集にも抜かりはありませぬな。近ごろは我が藩も諜報活動が活発になったようで、頼もしい限りでございます。
(1,ササノコバン)ふふ。ここだけの話じゃが、佐賀藩には幕府認定馬のステディホープなど若い連中をたんと送り込んでおるのじゃ。これからは如何に遠い藩とて、油断はなりませんからな。


(1,ダービーベンド)ドドドドド。

 そこへ息咳ききって飛んで来たのは、新進気鋭でお調子者の中堅侍ダービーベンドである。
(1,ダービーベンド)申し上げます!
(1,ササノコバン)何事じゃ!ここへは誰も来るなと申しつけておいたはずじゃぞ!
(1,ダービーベンド)申し訳ございません。されど、今宵の金杯早駆け大会に参加するはずだったオースミダイナーが、突然どこぞへ雲隠れして欠場した由にございます!
(1,ササノコバン)なにっ!あ奴またしても大事な試合の直前に姿をくらましたと申すか。おのれ下郎め、我が藩を愚弄しておるのか。

 ササノコバンは頭から湯気をたて怒り心頭の様子だったが、ここで妙なことに気づき、怪訝な顔で向き直った。

(1,ササノコバン)ダービーベンド。
(1,ダービーベンド)はっ。
(1,ササノコバン)その方、なぜこんなところにいる。
(1,ダービーベンド)はっ?
(1,ササノコバン)はっ?ではない。なぜ今頃こんなところにいるのかと聞いておるのじゃ。
(1,ダービーベンド)と、申されますと?
(1,ササノコバン)たわけっ!その方こそ早駆け大会をほっぽらかして何をこんなところに駆け込んでおるのじゃっ!大事な選抜プロジェクトをなんと心得るっ!
(1,ダービーベンド)こ、これはうっかり。申し訳ございませんっm(x_x)m

 ササノコバンは頭を抱え込んでしまった。

 金杯早駆け大会は、そもそもオースミダイナーとダービーベンドのために企画されたものであり、家老のトキノクンショウや次期家老候補のヤマノセイコー・早駆け師範代のサンガイなどの老臣は、彼らの力量を見きわめるために起用されたわば主催者組なのである。

 ダービーベンドはもともと使いっ走りの雑用係だったが、作品4で御先手組頭を命ぜられ、いざ立ち合いというときには先頭を切って試合を盛り上げる重要な藩の役職を与えられており、今回の「早駆け選抜プロドェクト」においても、当然その主要な構成員だ。
 ところが早駆け大会の目玉であったはずのオースミダイナーが突然姿を消すというアクシデントに、思わず昔の癖が出てしまい、急を知らせに主の元へ駆け込み肝心の大会を棄権してしまったのである。

 こうなってはせっかく企画された早駆け大会の意味がない。
 壮大なロマンの下に動き出した道営藩の構想は、のっけから踏み外してしまった。

 日の本のすべての部門を制圧すべく開始された緻密な深慮遠謀も、果たして実を
 結ぶことができるのかどうか、前途は険しい。


道営の1000メートル重賞である金杯がテーマ。当時まだ重賞未出走のオースミダイナーも登録していたが、これを回避。結局ヤマノセイコーがサンガイとトキノクンショウを抑えレコード勝ちを収めている。忍者の設定やダービーベンドの無理なキャスティングなど、ややしつこい(苫)

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■作品6『命運』 1996/07/12


 本丸御座の間には、家老のトキノクンショウのほか、家老見習いのヤマノセイコーと儒学者スガノスキーが控えていた。
 そこへ前藩主ササノコバンが現れ一同の面前をつかつかと歩いて、座敷奥の上座にゆっくりと腰を下ろした。

(1,ササノコバン)ををヤマノセイコー、もう着いておったのか。
(1,ヤマノセイコー)大殿、もうその話は・・・・
 ヤマノセイコーは先頃行われた藩内持久走大会において、うっかりササノコバンに先着してしまったばかりである。

(1,ササノコバン)ふほほ、まあよいわ。わしも近頃は同じ堂山長屋の若侍たちに自ら稽古をつけておってな、疲れてくたくたなのじゃ。
 ササノコバンは前藩主でありながら長屋住まいをしている。他の重臣たちも皆同様だ。藩のトップといえど庶民の心を掴み、藩政に反映させるためである。

(1,トキノクンショウ)大殿の長屋の若者たちは皆強うございますな。とくに今年元服したばかりの3歳馬たちが恐ろしく強うござる。カケノジンライなどは幕府主催のお遊戯大会で優勝したとか。
(1,ヤマノセイコー)この分だと、グランシャリオ杯に出場するオンザビームなどは日頃から大殿ご自身の胸を借りて稽古しているだけに、大いに期待されますな。


(1,スガノスキー)グランシャリオ杯といえば、近頃4歳馬たちの稽古場に見知らぬ老馬が現れてあれこれ指図しているとか。
(1,トキノクンショウ)それよ。せっかく我らが稽古をつけて選抜したグランシャリオ杯強化選手たちに余計な癖をつけられては困るのじゃ。
(1,スガノスキー)いったい何者でございますか。
(1,ササノコバン)配下の者たちの報告によれば、越後のちりめん問屋の隠居と名乗っておるとか。おせっかい焼きの旅の隠居だ、などとうそぶいておるようじゃ。
(1,スガノスキー)ほほう。
(1,ヤマノセイコー)越後といえば、先頃行われた東北サラブレッド大賞典の様子はまだ知らせが届いていないのでございますか。
(1,ササノコバン)うむ。間もなくノイズレスウイナーからのつなぎがあるじゃろう。ほれ、噂をすればなんとかじゃ。


(1,ジュピター)スタタタタタタ
 そこへ息弾ませて飛んで来たのは、新進気鋭で冷静沈着な若侍ジュピターである。
(1,ジュピター)ただいま城内にこのような矢文が投げ込まれましてございます。矢には「影十八」と刻印が記されております。
(1,ササノコバン)うむ。これへ。
 「影十八」とは、ササノコバンが上山藩に放ったノイズレスウイナーの密偵登録ナンバーである。トキノクンショウが矢文を受け取り、くくりつけられた書状を外してササノコバンに手渡した。

(1,ササノコバン)なるほど。ノイズレスウイナーが見立てた通り、岩手藩のヘイセイシルバーが1番となったようじゃ。新潟藩のトミノゴーランは3番であったか。自分はそれらの相手の力を確かめるためわざと後ろについていて5番だったとある。本当かのう。


(1,ゴールドセフト)ダダダダダダ
 そこへ息乱して飛んで来たのは、城と油問屋との人事交流で出向して来ているお調子者の若商人ゴールドセフトである。
(1,ゴールドセフト)恐れながら、油問屋のブリーザ屋とサダノ屋が参り、お目通りを願っております。
(1,ササノコバン)苦しゅうない、これへ通せ。
(1,ゴールドセフト)ははっ

 ゴールドセフトに促されて、道営油問屋組合理事長のブリーザ屋ボーイと副理事長のサダノ屋チャンピオンが現れた。

(1,ブリーザボーイ)これは皆さまお揃いで。いつも手前どもをご贔屓にしていただき、ありがとうございます。
(1,サダノチャンピオン)これは些少ではございますが、お礼の印の菓子折りをお持ちいたしました。
(1,ササノコバン)うむ。いつもながらの気遣い、あい済まぬな。我らの生活もその方たちが納める油なくしては成り立たぬ。して、今宵の用件はなんじゃな。
(1,ブリーザボーイ)はい。近く江戸において行われます大商店に、今年もサダノ屋さんに当組合の代表として行ってもらうことにいたしました。
(1,ササノコバン)おおそうか。あれも今年が最後と聞いておる。昨年は惜しくも2番に終わったようじゃが、今年こそ日本一の油問屋になることを期待しておるぞ。今月から来月にかけては、我が藩の存亡をかけた争いが目白押しじゃな。

 26日に行われる全日本油大商店は、全国から選び抜かれた大店の油問屋が一同に会し、平和島の埋め立て地に夜店を並べて売り上げ日本一を決める盛大な祭だ。


(1,ダービーベンド)ドドドドドドド
 そこへ息せききって飛んで来たのは、新進気鋭でお調子者の中堅侍ダービーベンドである。
(1,ダービーベンド)申し上げます!グランシャリオ杯強化選手が特訓中の上雨粉道場に、また例の老馬が現れてあれこれ口を出しております。
(1,ササノコバン)現れたか爺いめ。今日こそわしが自ら出向いてよーく言い聞かせてやるわ。案内(あない)せい。
(1,ダービーベンド)かしこまりましたっ


 ダービーベンドの案内でササノコバンらが上雨粉道場に着いてみると、稽古中の4歳侍たちに向かって、町人姿の老馬があれやこれやと指示を出していた。

(1,ササノコバン)これこれそこな老馬。この者たちは大事な交流試合を前に我らが特訓しておるエリート侍なのじゃ。勝手に入り込んで余計な口出しをされては迷惑なのじゃがの。
(1,老馬)おおお、そなたがコバン殿か。皆なかなか元気な若者たちで今後の活躍が楽しみですな。
(1,トキノクンショウ)おのれ田舎爺い!大殿に向かってなんたる無礼な物言いじゃ

 そのとき、老馬の顔を見たスガノスキーが体を硬直させ、顔色を変えた。
(1,スガノスキー)こ、このお方は・・・・・皆さま方、お控えなされませ。頭が高うございまする。こちらにおわすお方は恐れ多くも先の副将軍・ミスタートウジン様にあらせられまするぞ!
(1,ササノコバン)な、なんと!

 こんどはその場に居合わせた一同の体が硬直する番である。
(1,ダービーベンド)このお方が、美浦の御老公様・・・・。
(1,ヤマノセイコー)美浦ではない。栗東の御老公様じゃ。
(1,トキノクンショウ)ううむ。美浦であったらゴロがぴったりじゃったのに。作者もさぞかし残念がっておることじゃろう。

(1,ミスタートウジン)おおこれはスガノスキー殿か。この前会ったのは確か、、、
(1,スガノスキー)3年前の淀にて、アンドロメダの茶会でお会いして以来でございます。御老公様にはお変わりなく、恐悦に存じまする。

(1,ササノコバン)御老公様とも存じませず、家臣どもの無礼の数々。コバンめ、腹かっさばいてお詫び申し上げます(;x;)
(1,ミスタートウジン)良い良い、わしは忍びじゃ。このところすっかり疲れてしまったのでの、気分転換に蝦夷地を訪れ、ぶらりと寄ったまでじゃ。それにしてもここの若者たちは皆素直で将来楽しみな者ばかりじゃ。大事に育て、我が国の将来を託せるような侍に成長させてくれよ。
(1,ササノコバン)ありがたきお言葉。コバンめ、肝に銘じて取り組みまする。

(1,ミスタートウジン)砂の道は深く険しい。しかしこれからも精進して藩を盛り上げることを忘れずにな。
(1,ササノコバン)ははっ
 さすが砂の道を極めたご仁の言葉だけに、含蓄のある言葉がササノコバンの腹に響いた。

 これからの道営藩にとっては、18日のグランシャリオ杯を皮切りに、26日には全日本油大商店、28日には札幌3歳お遊戯大会、月が明けて15日には生産者黄金杯と続き、藩の命運を賭けた1ヵ月を迎えることになるのである。


グランシャリオカップ、全日本アラブ大賞典、ブリーダーズゴールドカップなどの全国交流戦を目前に控えてのフリの1作。ここで「アラブ大賞典」を「油大商店」としたのは結構ヒットしたと自分では思っている。それでアングロアラブはすべて油問屋の商人に。全日本アラブはこの年が最後の施行であり、前年2着のサダノチャンピオンは“最後のアラブ日本一”の最右翼と見られていたが、結果惨敗に終わった。しかも後にアラブの全国交流復活してるし。。。ご老公ミスタートウジンの起用は無理やり過ぎるし。

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■作品7『上雨紛の戦』 1996/08/15 旭川・ブリーダーズゴールドカップ


 上雨粉の高台に陣取った道営藩のお偉方と幕府軍は、日暮れ前から降り始めた大粒の雨に打たれながら睨み合っていた。

 天下平定を目論む幕府は前年の生産者黄金杯を制したライブリマウントを総大将に、キソジゴールドやアドマイヤボサツなど歴戦の地方討伐担当軍を派遣し、加えて蝦夷制圧の切り札としてメイショウアムールとホウエイコスモスの特命隊員を送り込んで来た。
 幕府従属を心よしとしない道営藩は前藩主ササノコバンが自ら迎撃の指揮を執り、筆頭家老のトキノクンショウと見習い次席家老のヤマノセイコーらが迎え打つ。

 世に言う「上雨紛の戦」である。

 なお、岩手藩からは東北サラブレッド大賞典で優勝した際、ササノコバンの密偵ノイズレスウイナーにねじ込まれたヘイセイシルバーが同盟軍として道営藩の援軍に駆けつけており、接待役としてマサノチャーミングがその世話を担当している。


(1,トキノクンショウ)大殿、ここはそれがしに先鋒をお命じくださいませ。必ずや幕府軍の出鼻をくじいて戦を有利にしてみせまする。
(1,ササノコバン)うむ。我が藩の戦力を見渡すに、先鋒はその方しかおるまい。ここは近頃の不振を忘れて汚名挽回の働きをして見せい。
(1,トキノクンショウ)ありがたき幸せっ!
(1,ヘイセイシルバー)それがしは2番槍として幕府軍の本隊に風穴を開けて見せまする。
(1,ササノコバン)うむ。ヤマノセイコーはわしと一緒に敵の本隊を突き崩すのじゃ。皆ぬかるでないぞ。
(1,一同)ははっ!

 やがてあたり一面が暗闇となり雨脚がいっそう強くなった戌の刻、どこからか鳴り響くファンファーレの音を出陣の合図に、双方の先鋒が一斉に飛び出した。


 幕府軍は意表を突いてホウエイコスモスを先鋒に押し立て、メイショウアムール・アドマイヤボサツがその直後に続き、さらに後ろからキソジゴールドとライブリマウントが畳みかけるように打って出る。
 前面に押し出した軍が速攻で敵陣を崩し、さらに後に控えた強力軍から次々と新手を繰り出して一気に本陣を陥れようという、車懸かりの陣である。

 それに対し道営軍は層を固めた魚鱗の陣で防ごうとしたが、敵方に意表を突かれた先鋒のトキノクンショウが一歩遅れをとり、たちまち陣形を乱されて乱戦となった。

 いきなり敵方に囲まれたトキノクンショウは緒戦から集中攻撃に遭い、最初に正面建物前に来たときには既に満身創痍の状態でその場から身動きがとれない。
 さらに悪いことには、敵本隊を突いて攻撃の足がかりをつくるはずだったヘイセイシルバーも、前と後ろから幕府軍5頭の壁に阻まれて風穴を開けるどころの騒ぎではなかった。


 のんきに構えていたのは主戦場の後ろから模様眺めをしていたササノコバンとヤマノセイコーで、既に味方が崩れはじめている前方の戦況に気づいたのは、戦が半ばを迎えようとする頃であり、慌てて陣中に突っ込もうとしたときには、なんと敵方総大将のライブリマウントがそうはさせじと待ち構えていた。

 ヤマノセイコーに先んじて敵陣に躍り込もうとしたササノコバンは、いきなりライブリマウントと槍を合わせることになり、とんだところで総大将同士の一戦が始まった。
(1,ライブリマウント)ふっふっふっ。待っていたぞ北の外れの田舎侍め。おぬしの命運もこれまでよ。
(1,ササノコバン)おのれここで会ったが百年目。その首ここで貰い受けるぞ!

 ところがこれが幕府軍の巧妙な作戦であり、道営軍を分断させライブリマウントが本隊を阻止している間に、先を行く特命チームが楽々と本陣を落とす、という姑息な戦法だった。


 敵方の特命チームが道営方の先鋒を突破して本陣に突き進んでいる頃、ボロボロに打ちのめされたトキノクンショウが後退して総大将同士の戦場に辿り着く。
 体中に受けた傷は、一向に降りやまない雨に打たれてヒリヒリと痛み、全身はズブ濡れでもはや意識ももうろうとしていた。

(1,トキノクンショウ)お、大殿。こやつはそれがしが食い止めまする。もはや我が本陣は風前の灯。一刻も早く駆けつけて大殿のお力で立て直しを・・・
(1,ササノコバン)ををトキノか。そのような体でひとり奮戦しておったとは...
(1,トキノクンショウ)大殿っ、早く本陣へ!
(1,ササノコバン)トキノっ、外様といえど藩に対するそちの忠義、きっと後世に伝え我が藩の繁栄に役立ててみせるぞ。スタタタタタタタタタタタタヽ(;x;)丿

(1,ライブリマウント)おのれ逃げるか卑怯者っ!ヽ( xx)〆~~~~~~~~~~ シュ!!
(1,トキノクンショウ)なんの行かせはせぬぞ。大殿の邪魔をする奴はこのわしが相手じゃ。(- \_________(。o)))))))ズルズル
(1,ライブリマウント)貴様ごときにこのわしの相手がつとまるかな(^ー^)ニヤークティック

 トキノクンショウはライブリマウントの脚にしがみつき、なんとしてもこの総大将の首だけは捕る覚悟を決めていた。
(1,トキノクンショウ)クンショウ死すとも道営は死なず。そっ首抱えて地獄の道連れにしてくれるわ。

 そこへ遅れてヤマノセイコーが現れ、屍のようになってしがみついた脚を離さないトキノクンショウと、それを振り払おうとナタを上段に構えたライブリマウントの姿を見つけた。
 駆け寄ったヤマノセイコーは、トキノクンショウに向かって振り降ろされたナタを間一髪ではねのけ、ライブリマウントに向かって刀を構えた。

(1,トキノクンショウ)わしに構うな。その方は一刻も早く大殿の後を追うのじゃ!見習い次席家老たるその方が大殿をお守りせずしてなんとするっ!
(1,ヤマノセイコー)ご家老さまっ(;x;) スタタタタタタタタタタタタヽ(;x;)丿

 ヤマノセイコーは何度も後ろを振り返りながら、泣く泣く本陣へ走った。


 その頃、幕府特命チームのメイショウアムールは今まさに道営の本陣を落とそうとしており、その後には幕府正規軍のアドマイヤボサツとキソジゴールドのほか、特命先鋒隊を務めたホウエイコスモスらが続々と押し寄せる。

 追うササノコバンの視野に彼らの姿を確認したときには時すでに遅く、雨に煙った本陣には幕府の旗が押し立てられ、勝利のかがり火が赤々と燃え上がっていた。

(1,ヘイセイシルバー)終わりましたな。
 気がつくと、ササノコバンの背後には援軍として駆けつけたヘイセイシルバーが追いついており、その後方に息を切らせて追って来るヤマノセイコーの姿も見える。
 しかし、彼らは誰ひとりとして幕府軍の巧妙な戦法と勢いを食い止めることはできなかった。


(1,ササノコバン)しょせん我らは幕府という怪物の前にたてつく一匹のむじなでしかなかったのかもしれぬな...

 呆然と立ち尽くすササノコバンがふとつぶやいた言葉に、ヘイセイシルバーとヤマノセイコーは、短かくも激しかった戦の余韻に浸ることもできず、ただ虚しい脱力感だけが襲ってきた。

 戦が終わったとき、激しかった雨もいつしか小降りになっていた。


第8回ブリーダーズゴールドカップ  1996/8/15 旭川2300メートル 雨・重 ※馬齢は旧表記
      所 属 性齢 重量 騎   手 タイム 着差 単票数
メイショウアムール JRA 牡6  56 河内 洋 2.30.2     12835
アドマイヤボサツ JRA 牡7  55 芹沢純一 2.30.3 クビ  11552
ホウエイコスモス JRA 牡6  56 藤田伸二 2.30.4 1/2   3147
キソジゴールド JRA 牡8  55 安田康彦 2.30.5 3/4  15379
ササノコバン 北海道 牡7  55 國信 満 2.31.3   8709
ヘイセイシルバー 岩 手 牡9  55 三野宮通 2.31.4 1/2   1493
ヤマノセイコー 北海道 牡7  55 松本隆宏 2.31.7 11/2   4980
ライブリマウント JRA 牡6  56 石橋 守 2.32.2 21/2  22840
マサノチャーミング 北海道 牝5  54 岡島玉一 2.35.8 大差    836
10 トキノクンショウ 北海道 牡8  55 井上俊彦 2.42.0 大差    438


注釈しておくが「上雨紛」とは旭川競馬場の所在地名。ササノコバンは前年のこのレースを座石で直前回避しており、今回が全国踏破への足がかりとすべきレースだったが不発に終わった。この翌年から地方・中央の全国交流重賞に統一グレード制が敷かれることとなる。後に道営入りするホウエイコスモスも、この当時はまだ“全国クラス”の力を保持していたらしい。

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■作品10『黒幕』 1997/08/20 旭川・ブリーダーズゴールドカップ GU


 生産者黄金杯を翌日に控えた8月19日夜。

 この夏、藩主代行から晴れて藩主となったヤマノセイコーは、同時に師範代から側用人に召し抱えたオースミダイナーとともに、若手藩士の謁見を受けていた。
 謁見を申し出たのは、クローリバーをはじめとする5歳馬4人衆である。
 下座にはクローリバーとハカタダイオーが平伏し、その脇にはインマノカミとフレアリングルーラが控えている。

(1,ヤマノセイコー)我が藩もいよいよ正念場を迎えた。藩の将来を担うそちたちのためにも、明日は我らの磐石なるところを見せてやるぞ。
(1,クローリバー) そのことでございますが、殿にはこたびの戦をいかがな覚悟で挑む所存でございましょうや。
(1,ヤマノセイコー)いかがな覚悟とな。知れたことよ。我らが総力を挙げて幕府の連中をひねり潰してくれるわ。
(1,クローリバー)そのように簡単に行くでございましょうか。交流戦での相次ぐ敗戦が示す通り、当藩の戦力が著しく劣っていることは明白。この上明日も大敗を喫するようなら、殿にもそれなりのお覚悟をしていただきたく存じます。
(1,ヤマノセイコー)なにっ。
(1,クローリバー)もはや建て直しのきかぬ事態に至る前に、速やかに身を退かれるのが潔いお姿かと存じまする。

(1,ヤマノセイコー)このわしに隠居せよと申すか!
(1,クローリバー)御意。その際にはオースミダイナー様にも・・・。

(1,オースミダイナー)そなたまだまだ青いのう。たかが蝦夷優駿を勝ったぐらいで少々思い上がっておるようじゃが、殿に代わって一国を治める器量が自分にあるとでも思うておるのか。
(1,クローリバー)されば、これに控えしハカタダイオーどのを殿の養子にお迎えいたし、正当なるお世継ぎとして幕府に届ける所存でございます。ハカタダイオーどのはマルブツセカイオー様に代わって一時とはいえ美濃・尾張の国を掌握されたお方。我ら世代の代表として、いや我が藩の新しい顔として、全国に我が藩の力を知らしめる起死回生の一策と存じますが、いかがでございますか。

(1,オースミダイナー)ほほう、なるほどのう(^ー^)ニヤリ
(1,ヤマノセイコー)うぬー。そこまでしてこのわしを陥れようというのか。なかなか巧妙に策を巡らしておるようじゃが、その方らのような若造だけで仕組んだことではあるまい。黒幕は誰じゃ!
(1,オースミダイナー)殿、恐らくは江戸を経由して大きな影が動いているのでございましょう。そこに控えておるインマノカミがすべての鍵を握っていると存じます。
(1,ヤマノセイコー)なにっ、それはどういうことじゃ。しかもわしと同厩で異母弟であるフレアリングルーラまで荷担している様子。よほど大きな力が働いていると見えるが。。。
(1,オースミダイナー)はい、よほどの大きな黒幕でございましょう。

 オースミダイナーの鋭い洞察力に、クローリバーら4頭は言葉を失い、冷や汗を流しはじめた。

(1,クローリバー)(さすがはオースミダイナー様。かつて公儀隠密と噂されただけのことはある)
(1,ハカタダイオー)(見ると聞くとでは大違いじゃな。単なるご老体ではない)
(1,インマノカミ)(江戸の我が殿はこのお方の存在を存じているのだろうか)
(1,フレアリングルーラ)(我らだけの力で策を成就できるだろうか)


(1,オースミダイナー)ときに、先の大殿はこの件についていかがお考えになるであろうのう。
(1,クローリバー)(ドキッ)
(1,ハカタダイオー)(ドキッ)
(1,インマノカミ)(ドキッ)
(1,フレアリングルーラ)(ドキッ)

 先の大殿とは、ササノコバンのことである。
 昨年の権力争いでヤマノセイコーに完膚なきまでに叩きのめされたササノコバンは、その後めっきり老け込んで今は中富良野町で隠棲生活を送っている。

 実は、今回若党が反旗を翻した裏には、ヤマノセイコーを失脚させようというササノコバンの意思が働いていた。
 これほどの陰謀を企てるには、全国レベルの武力と権力を兼ね備えた馬の力が必要である。
 ササノコバンは、かつて同厩の弟分で、今は江戸在勤でほぼ地方全域を牛耳っているコンサートボーイを動かし、まず美濃のハカタダイオーを道営藩に呼び戻すと同時に、コンサートボーイの配下であるインマノカミを連絡調整役として道営入りさせた。

 これが一連の騒動の全貌である。


(1,オースミダイナー)そのような姑息な策に翻弄される殿ではござらぬ。
(1,ヤマノセイコー)うむ。オースミダイナーの言う通りじゃ。
(1,オースミダイナー)殿、明日はそれがしを信じて思う存分采配を振るってくだされ。
(1,ヤマノセイコー)うむ。よくわからんがそちに任せるとしよう。

 こうして、すべてを悟ったオースミダイナーの計算し尽くした太刀裁きと、わくわからないまま及び腰ながらついて行ったヤマノセイコーの捨て身の奮戦によって、翌20日の生産者黄金杯では道営藩があわや連対かという善戦を演じることになる。
 ササノコバンによるヤマノセイコー追い落とし策は見事に失敗に終わり、道営藩は建て直しのきっかけをつかんだ。

 しかし、土台を固めた上での本当の建て直しを成功させるためには、ササノコバンが送り込んだ若党の力は不可欠であり、ヤマノセイコーとオースミダイナーをここまで追い込んだ効果も絶大といえる。

 生産者黄金杯での道営藩健闘の裏には、黒幕としてのササノコバンの存在があったのである。


第9回ブリーダーズゴールドカップ GU  1997/8/20 旭川2300メートル 晴・良 ※馬齢は旧表記
      所 属 性齢 重量 騎   手 タイム 着差 単票数
デュークグランプリ JRA 牡7  55 田中勝春 2.28.8     24192
エムアイブラン JRA 牡6  56 武  豊 2.30.0  22525
オースミダイナー 北海道 牡10  55 千葉津代士 2.30.0 アタマ   1662
ヤマノセイコー 北海道 牡8  55 松本隆宏 2.30.4   1644
キョウトシチー JRA 牡7  55 松永幹夫 2.30.4 クビ  12842
メイショウアムール JRA 牡7  55 河内 洋 2.30.7 11/2  10334
キソジゴールド JRA 牡9  55 安田康彦 2.31.1   4187
ロックマインド 北海道 牡5  56 柳澤好美 2.32.6    396
ヤマフパディー 北海道 牡6  56 村上正和 2.33.0    447
10 マサノチャーミング 北海道 牝6  54 岡島玉一 2.33.6    505
11 キングユーカー 北海道 牝5  54 宮崎光行 2.33.8    587
12 ストロングチャンプ 北海道 牡7  55 渋谷裕喜 2.36.7 大差    450


ササノコバン時代が終わった後のBGC。また東海地区では、ササノコバンと時を同じくして一時代を築いたマルブツセカイオー(名古屋)もその座をハカタダイオー(笠松)に譲っており、トウケイニセイ(岩手)とともに“地方3強”といわれた3頭が一線から姿を消した年。ここで、道営出身のハカタダイオーが突如出戻って来るという事件が起こった。その直後に行われたBGCで、オースミダイナーとヤマノセイコーが奇跡的な善戦を演じるという、これまた事件が起こったのである。その話。

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■作品13『密議』 1998/04/24 札幌・瑞穂賞 登録時点


 道営藩では昨年秋に門別築城を成し遂げ、念願であった自前の城を持つに至った。

 その城内に設けられた武者溜りの一室で密議を交わしているのは、クローリバー・フレアリングルーラ・インマノカミの過激改革派の一党と、改革後の藩政参画が噂されるマルシンライデン・ヤマゲンスマコバ・シルバースワットらである。
 クローリバーらの改革派は、昨年ハカタダイオーを擁してヤマノセイコー執行部の失脚を謀ったが失敗に終わっている。


(1,クローリバー)皆に集まってもらったのはほかでもない。今年に入って殿の近辺がにわかに慌ただしくなっていることについてだ。
(1,インマノカミ)うむ。殿が政権の座にしがみついているばかりか、隠居したはずのオースミダイナーどのやサンガイどのまでが登城しているとは驚きでござる。
(1,クローリバー)そればかりではない。山路屋の息のかかった旗本らが大挙して我が藩に召し抱えられ、オースミダイナーどのの脇を固めておる。これはとりも直さず、殿の近辺を固めていることにほかならない。
(1,インマノカミ)うーむ。隠密崩れのオースミダイナーめが。(敬称略)

 幕府御用達の大商人・山路屋の意を受けて送り込まれたオースミダイナーは、昨年ついに藩の筆頭国家老として実権を握ることに成功した。
 そして今年は、オースミベスト・オースミギャロップ・ナリタベストらの手練れが新たに召し抱えられている。
 既に在籍しているオースミシェンカーやナリタアトラス、それに昨年元服した生え抜き藩士のオースミアイアンも加えると、若松厩舎の馬房は山路屋からの刺客で溢れんばかりである。

 ちなみに、藩主ヤマノセイコーと同じ鈴木厩舎に籍を置くオースミファンダーは山路屋とは手を切っているらしいが、裏の実態はどうかわからない。


(1,マルシンライデン)どうも殿のなされることはいちいち腑に落ちぬ。何かにつけて我らの策謀の裏をかかれているように思うのだが。何者かが密告しているのではあるまいか。

 と言ってマルシンライデンはフレアリングルーラを見た。
 つられるように一同の目も一斉にフレアリングルーラに注がれる。

(1,フレアリングルーラ)め、滅相もござらん。わしは確かに殿と同じ厩舎に住まってはおるが、どうも殿からは疎んじられておる。それが証拠に、違腹の弟であるこのわしを差し置いて、殿は実弟のヤマノガイセンを浦和より呼び寄せてお側に侍らせておられるのじゃ。
(1,インマノカミ)ふむ。ヤマノガイセンごときに我が藩をまとめられるとも思えぬが。そこもとが最近のレースで殿に楯突いていることは認めよう。
(1,フレアリングルーラ)ほっ。


(1,ヤマゲンスマコバ)ところで、それがし先日の交流戦でフレンドパークなる女剣士と立ち合ったところ、妙な噂を耳にしました。
(1,一同)ほほう。
(1,ヤマゲンスマコバ)実はこのフレンドパークなる者は、それがしの剣友であるシャーペンアイルが身を寄せている小檜山厩舎からやって来たとかで、どうもこの2頭が早速いい仲になっているようでございます。
(1,シルバースワット)それは確かに妙な噂じゃな。

(1,ヤマゲンスマコバ)いや、そうではござらぬ。この者が申すには、どうもこの正月に殿の密命を帯びたオースミダイナーどのが密かに上洛した由にございます。
(1,クローリバー)なにっ!それは誠か。
(1,ヤマゲンスマコバ)はい。なんでも平安ステークスで見かけた者がおるとか。しかもその前日には中山に立ち寄り、金杯を控えた大殿のもとを訪れているところを、このフレンドパーク女史が見かけております。
(1,クローリバー)なんということだ。するとこたびの一件は、朝廷や大殿に根回しした上でのことだと申すか。

 大殿とは、前藩主のスガノオージのことである。
 クローリバーらが前々藩主のササノコバンに通じていることから、ヤマノセイコーら執行部はスガノオージに渡りをつけると同時に、朝廷にも手を回したということであろう。


(1,インマノカミ)これはいよいよのっぴきならぬ事態になって来たようでござるな。
(1,クローリバー)この陰謀はなんとしても本格化する前に叩き潰さねばならぬ。よいか皆々、5月5日の瑞穂賞にはくれぐれも登録し忘れることのないよう、心されよ。
(1,一同)承知いたしてござる。


 というわけで、山路屋から送り込まれた用心棒を含むヤマノセイコー派の6頭(オースミベスト・ヤマノセイコー・オースミダイナー・オースミギャロップ・ヤマノガイセン・サンガイ)と、改革派の6頭(インマノカミ・フレアリングルーラ・クローリバー・シルバースワット・マルシンライデン・ヤマゲンスマコバ)が揃って瑞穂賞に登録した。



 密議が終わって一同が帰ろうとしたとき、ヤマゲンスマコバは同厩の先輩であるクローリバーに呼び止められ、襖の陰に連れ込まれた。

(2,クローリバー)ところでその方、その女剣士とやらとの立ち合いには打ち勝ったのであろうな。
(2,ヤマゲンスマコバ)はっ、それが。。。フレンドパークは2着でそれがしは3着でした。。。
(2,クローリバー)たわけめっ!早々に厩舎に帰って稽古のしたくをせいっ。
(2,ヤマゲンスマコバ)かしこまりましたっスタタタタタタタタタタタタヽ(;x;)ノ


開幕最初の古馬重賞・瑞穂賞の登録馬をキャスティング。この稿は、次作『政策』との“両面時代小説”の形をとっており、物語は同時進行している。道営競馬はこの時点でヤマノセイコーとオースミダイナーのツートップ体制が確立されており、特にオースミダイナーは前年重賞を3勝し、ほぼ藩内を掌握した状態。

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■作品14『政策』 1998/04/26 札幌・瑞穂賞 登録時点

 クローリバーら改革派が密議を交わしていたその頃、本丸御座の間では藩主ヤマノセイコーとその側近たちが集まっていた。

 ヤマノセイコーが見おろす下座の両脇にはオースミダイナーとサンガイの両家老が控え、正面にはヤマノガイセンが険しい顔で兄と向かい合っている。
 両家老はかなり高齢の様子で既に定年を過ぎているのではないかとも思え、それでもオースミダイナーは矍鑠としているが、一方のサンガイの方はかなりくたびれた様子で耳も遠くなっているようだ。


(1,ヤマノセイコー)若い連中は相変わらず騒ぎたてて元気がいいようじゃのう。
(1,ヤマノガイセン)兄上は反体制派の連中に甘うございます。藩主たるご自分の身を案じるならば、断固とした態度で処罰すべきでごさりましょう。

(1,ヤマノセイコー)ヤマノガイセンよ、わしは私心でまつりごとを行っておるのではない。少しでも領民の暮らしが楽になるよう、心を砕いておるのじゃ。その心は改革派の者どもとて同じなのじゃ。
(1,オースミダイナー)若君は浦和より参って日が浅いので詳しくは御存知ないかもしれませんが、我が藩は70億両を超える累積赤字を抱え財政が逼迫しております。殿はその財政再建に競走馬生命を賭けておられるのです。

 今にも藩主に掴みかからんばかりの形相を見せているヤマノガイセンをなだめるように、オースミダイナーが静かに語りかけた。
 あとを受けてヤマノセイコーが続ける。

(1,ヤマノセイコー)あの改革派の連中は、やがては我が藩を背負って立つ者たちじゃ。わしは藩政を健全な財政状態であの者たちに引き渡してやりたいのじゃ。とりあえず大型減税と公共事業の真水発注で領民の生活を潤そうと考えておる。
(1,ヤマノガイセン)バカバカしい。それでは領民が潤うばかりで藩は逆に金を失うではありませぬか。
(1,ヤマノセイコー)そうではない。その上で取るべきものは取る。たとえば9頭以下のレースでは4着以下の賞金をカットしてムダな出費を省くのじゃ。そしてなにより専門家による金集めのノウハウを導入しようと思う。


 そう言ってヤマノセイコーはオースミダイナーを促した。

(1,ヤマノセイコー)あの者たちをこれへ。
(1,オースミダイナー)ははっ。

 オースミダイナーが合図を送り、このほど新たに召し抱えられたオースミベスト・オースミギャロップをはじめ、オースミシェンカー・ナリタベスト・ナリタアトラスらの面々が迎え入れられた。
 幕府御用達商人の山路屋秀則氏も一緒である。(敬称不略)


(1,ヤマノセイコー)この者たちはいずれも山路屋が選りすぐって当藩が召し抱えたプロフェッショナルじゃ。オースミダイナーを勘定奉行兼務とし、この者たちを直属の配下として財政再建の任に当たることを命ずる。
(1,オースミダイナー)かしこまりましてございます。
(1,ヤマノセイコー)山路屋、その方もわざわざ大儀である。
(1,山路屋)ははっ。

(1,ヤマノガイセン)山路屋とやら、兄上の信任が厚いのを良いことに、我が藩を食い物にしようというのではあるまいな。
(1,山路屋)滅相もございません。手前は商人ではありますが、世の中のより良い生活を心底願ってございます。


(1,ヤマノセイコー)ところで山路屋、もう一人その方に会わせたい者がおる。

 ヤマノセイコーがパンパンと手を叩くと、1頭の若侍が恐る恐る現れた。

(1,山路屋)おお、これはオースミアイアンさま。ご立派になられましたな。
(1,オースミアイアン)お久しゅうございます。旦那様、そのような敬語は無用にしてくださいませ。
(1,山路屋)何を仰せられます。このようにご立派なお武家さまに対して、手前のような町人が軽口をきけるものではございません。

 山路屋の小僧として丁稚奉公していた頃から侍に憧れていたオースミアイアンは、主である山路屋の口効きで武士の株を手にいれ、昨年元服と同時に道営藩に取り立てられたのである。

(1,オースミアイアン)たとえどのような立場になろうとも旦那様は旦那様。おいら、いや拙者はいつまでも旦那様を敬っております。
(1,山路屋)なんと心のお優しいお方か(;x;)ありがたいことでございます。

 山路屋もオースミアイアンも目に涙を浮かべていた。
 そんなこんなで会見は終わったのである。



 一同が辞去した後、ヤマノセイコーとオースミダイナーは本丸の廊下で静かに夕日を眺めていた。

(1,オースミダイナー)殿のお気持ちが若い藩士たちに通じるのはいつのことでござりましょうな。
(1,ヤマノセイコー)そう遠いことではあるまい。それに、どんなに疎まれようとも、わしはあの者たちに期待をしておるのじゃ。トップに立つ者は悲しいものよ。
(1,オースミダイナー)いかがでございます。久しぶりに一献傾けませぬか。

(1,ヤマノセイコー)いや。来週からは札幌開催じゃ。今宵は最後の門別の夜なのでの、奥と添い寝をする約束をしておるのじゃよ。
(1,オースミダイナー)さようでございますか。奥方さまと(^ー^)ニヤリ
(1,ヤマノセイコー)うむ。そなたもせいぜい体をいたわり、連続重賞出走記録の更新を続けてくれい(^ー^)

 そう言ってヤマノセイコーは、マサノチャーミングの待つ奥の間へ去って行った。


10『密議』はクローリバー・フレアリングルーラら若手有力馬のサイドから仕立てたのに対して、こちらはオースミダイナー・ヤマノセイコーら現状有力馬のサイドから。で本戦の瑞穂賞は5月5日に行われたのだが、フレアリングルーラが3角手前で故障し予後不良となったほか、その事故に巻き込まれて3頭が相次いで落馬競走中止、2人の騎手が病院送りとなる悲惨なレースとなった。結局、先頭を走っていたためただ1頭事故の影響を受けなかったオースミダイナーだけが楽々と逃げ切り2連覇。クローリバーが大差の2着、ヤマノセイコーは3着という結果。

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■作品18開幕に当たって時代小説おさらい 1999/04/04


 今期のホッカイドウ競馬は4月13日に開幕する予定だが、実は道営藩は役員の互選で藩主を選出する先進的なシステムを導入している。
 例年5月の初めに通称「瑞穂賞」と呼ばれる定期総会が行われており、改選期には併せて役員会も開催して新たな執行部が発足するのが通例である。

 しかし改選が予定されていた昨年の総会では、藩主ヤマノセイコーの指導力低下をいいことに家老のオースミダイナーが暴走を始め、これを止めようとしたフレアリングルーラが斬り捨てられるという事件が起こった。
 同厩馬の身を張った諌言に目覚めたヤマノセイコーは、フレアリングルーラの屍を飛び越えてオースミダイナーを追ったが、騒ぎを止めようとした他の役員たちが右往左往するうちに総会はお開きとなり、改選の儀はうやむやのまま今日に至っている。


 したがって今年の総会で再び役員改選の動議が発せられることはほぼ確実と見られ、その急先鋒とされているのがハセミイホーとシルバースワットである。

 かつてヤマノセイコー・オースミダイナーのツートップ体制を失脚寸前まで追い詰めた事件といえば“ハカタダイオーの乱”としてあまりにも有名だが、現在、当時改革派の中核を成していた馬は残っていない。
 97年に勃発した“ハカタダイオーの乱”では、江戸家老を務めるコンサートボーイが元道営藩士ハカタダイオーを刺客として笠松藩から再転入させた上、これにクローリバー・フレアリングルーラに脇を固めさせ、目付役としてインマノカミを送り込むという周到な手口を使って、当時の5歳勢が改革一派を形成したが失敗に終わっている。(=10『黒幕』)

 この一件では、ヤマノセイコーと折り合いが悪かった旧藩主ササノコバンが現役当時厩舎の後輩だったコンサートボーイの裏で糸を引いているとの噂もあったが、真偽のほどは定かでない。

 政権を取り損ねたハカタダイオーは早々に笠松藩に送り返され、クローリバーは失脚して金沢藩に追放(現在は高知藩)、フレアリングルーラは昨年の総会で非業の死を遂げた。
 ハカタダイオー失脚後にはマルシンライデン・ヤマゲンスマコバ・シルバースワットらも改革派に加わったが(=13『密議』)、執行部に目をつけられたマルシンライデンはその後重賞への出走もかなわず、ヤマゲンスマコバも体よく川崎藩に追いやられている。


 結局、負傷がちでロクに出仕していなかったため改革派で唯一生き残ったシルバースワットは、その間に着々と力をつけて来たハセミイホーを擁して有力藩士を次々と懐柔し、昨年後半には赤レンガ記念と道営記念でまんまと上位を占めるなど、既に根回しは相当進んでいるものと見られる。
 例年、春先には幕府や他藩からの出入りが激しいため藩政の動向は容易につかめず、今年も道営藩内の争乱に乗じて幕府お目付け役として派遣されたマイヨジョンヌが能検をパスしたとの情報もあるが、これもむしろ速やかな政権交代を見届けるための目付けとの見方が強まっており、早くも新たな権力者に取り入る商人らの姿も目につくという。

 総会は5月3日に予定され、それに先立つ4月14日には、今年初めて参政権が認められたアブラ問屋の代表者も決まる予定となっている。


この稿は時代小説ではない。99年度の道営開幕を控えてのいわばネタ振りな訳だが、振っただけで本編がないので非常に片手落ちではある。しかし前回までのおさらいと次回以降への繋ぎとしては使える内容なので入れておくものなり。ここで総会として扱われている瑞穂賞は、12歳馬オースミダイナーが勝って3連覇を達成した。道営のアラブ重賞が整理され、サラ重賞にトライアル制によるアラブ枠が設けられたのもこの年。

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■作品21『家督』 1999/12/23 門別・道営記念


 数年来の激しい権力抗争が続く道営藩では、暮れの23日、城近くの居酒屋つぼ八富川店で忘年会が行われた。

 出席したのは、家老のオースミダイナーをはじめ、既に政権を掴みつつあるハセミイホーやシルバースワットなど、新旧の有力藩士たちである。
 もはや権力を失い、没落の一途を辿る現藩主ヤマノセイコーはとんと姿を見せなくなり、この日も城の奥書院あたりで一人静かに読書でもしているらしい。

 18で予告された通り、同藩では5月3日に通常総会が催され役員改選の話し合いも行われたが、結局例年のごとくオースミダイナーが老獪さにまかせて押し切ってしまい、藩政改革は不調に終わっている。
 そうした現状を受けて、今回はオースミダイナー自らが諸士に積極的に呼びかけて、次代の藩政を考えようという集まりであった。


(1,オースミダイナー)わしも長らく藩政のまとめ役を引き受けて来たが、近頃はほとほと疲れた。それもこれも皆々に藩を統率する力が欠けておるからじゃ。このままでは我が藩は、殿とともに消えてなくなるしかない。
(1,ハセミイホー)だから我々は速やかに政権の座を譲り渡されよと申して来たのでござる。それを無視して権力にしがみついて来たのはご家老ではござらぬかっ。
(1,シルバースワット)うむ。それがし、ハセミイホー殿と一緒に藩を建て直すべく5ヶ年計画も用意しております。お望みならばこの場にてご披露いたす所存。

(1,ホウエイコスモス)いやいや待たれよ、ことは藩の存続に関わる一大事。結論を急いてはならぬのじゃ。せっかく藩の中心となるべき面々が集まったのだし、若手藩士の意見も聞くべきでござる。ではまず3冠馬のモミジイレブン君はいかがかな。
(1,モミジイレブン)い、いえ。それがし如きが口を差し挟むなどとは恐れ多いことで(以下略 ((2,モミジイレブン)それがしが藩主にふさわしいと存じます))

(1,ハセミイホー)あいや。当藩に統率者がいないからといって、ホウエイコスモス様に進行役をやっていただかなくても結構でござる。
(1,ホウエイコスモス)ほ、さようか。

(1,シルバースワット)それに、結論を急くも何もございませぬ。今までさんざんに話し合ったばかりか、何度実力行使に出たことか。
(1,ホウエイコスモス)ほうほう(-o-)


(1,携帯電話)ドドドドドド

 そこへ、川崎藩に出張中の新進気鋭の若侍タキノスペシャルから、オースミダイナーに携帯電話が入った。

(1,タキノスペシャル@携帯電話)ただ今、殿よりメールが届き、藩役の皆様方には至急帰城せよとのことでござります。何やら速く着いたお方にいいことがあるとか。
(1,オースミダイナー)うむ。皆の者、帰城命令じゃ。



 何が何やら訳がわからないながらも、“帰城命令”と聞くとじってしてしまう、いやじっとしていられないのが競走馬の習性である。
 オースミダイナーを先頭に店を飛び出すと、各馬は我先に城に駆け向かった。

 しかしオースミダイナーに往年の粘りはなく、ホウエイコスモスに急かされるまま息切れしたところで、いち早く正門に辿り着いたのはハセミイホーであった。
 しかし城内に入ってからの長い廊下を得意とするシルバースワットが追い抜き、藩主ヤマノセイコーが待つ御座の間の障子を真っ先に開けた。
 と思った瞬間、シルバースワットは固まってしまった。
 そして、後から入って来たハセミイホーらも皆、固まってしまった。


(1,スズオールマイティ)あれ皆様方、遅うございましたな。


 ヤマノセイコーが座っていると思った正面の藩主の座に、4歳馬スズオールマイティが座っていたのである。
 その傍らで目を細めていたヤマノセイコーが正面に向き直ると、姿勢を正して言った。

(1,ヤマノセイコー)この者が一等最初に帰って参ったので、家督を譲ることにいたした。皆、忠勤に励むように。


第42回道営記念  1999/12/23 門別2000メートル 曇・重 ※馬齢は旧表記
      性齢 重量 騎   手 タイム 着差 単票数
スズオールマイティ 牡4  55 齊藤正弘 2.07.0    1510
シルバースワット 牡6  56 岡島玉一 2.07.1 1/2  2862
ハセミイホー 牡6  56 坂下秀樹 2.07.3 11/2   4032
マルカダンガン 牡7  56 川島洋人 2.08.2   279
ホウエイコスモス 牡9  56 五十嵐冬樹 2.08.3 1/2  648
ダイジュセルシオ 牡6  56 千葉津代士 2.08.3 クビ  92
マサノチャーミング 牝8  55 國信 満 2.08.7   187
ブラッククロス 牡9  56 山田和久 2.08.9    29
アーサス 騙5  56 宮崎光行 2.08.9 同着    325
10 シーダベス 牡7  56 佐々木国明 2.08.9 クビ   37
11 モミジイレブン 牝4  55 松本隆宏 2.08.9 ハナ   1679
12 トウカンイーグル 牡6  56 米川 昇 2.09.4    76
13 オースミダイナー 牡12  56 藤倉寛幸 2.09.5 1/2 225
14 ヨコヅナファイター 牡7  56 堂山直樹 2.09.6 クビ 30
15 ワールドイーグル 牝6  55 渋谷裕喜 2.09.9 11/2 62
16 クイックワーカー 牡10  56 酒井作男 2.10.2 11/2 24


既に実権を失っているヤマノセイコーを藩主のままここまで引っ張って来たのは、次期藩主に見合うだけの馬が出て来なかったからであり、ここで初めてスズオールマイティという器を得て藩主交代に踏み切った1作。この年はモミジイレブンが史上2頭目の道営3冠馬となったが、シーズン終了時点で4歳最強はスズオールマイティに取って代わったといっていい。それもササノコバン以来の全国レベルになり得る馬、と見ていたのだが未だ大成できず。またこれと同日、全日本3歳優駿に遠征していたタキノスペシャルは5着に敗れている。というか、翌年“全国レベルの馬”になったのはタキノスペシャルであった。

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■作品26『放浪』 2001/05/17

 道営藩主として3年目を迎えたスズオールマイティは、まつりごとにも精彩を欠き、このところ評判が芳しくない。
 一昨年、うやむやのうちにヤマノセイコーから家督を譲られたいきさつは21『家督』において述べてあるが、発足当時は87%あった支持率も、その後は世論調査のたびに下降線を辿り、近頃は藩士たちも寄りつかなくなっているようだ。


 そんなスズオールマイティの元に、老職のオースミダイナーとサンガイが藩政報告に訪れていた。
 傍らに控えているのは、先の北海道スプリントカップでカガヤキローマンの接待役を務めたディーエスジャックである。

(1,オースミダイナー)本日は人事案件の打ち合わせに参りました。
(1,サンガイ)老骨にムチ打たれて参りましたが、もはや職責を全うすることかないませぬ。この上は、兼ねて上申の通り、甥子であるディーエスジャックを養子に迎え、家督を継がせとうございます。

 実子のないサンガイは、妹の長男であるディーエスジャックを自らの跡継ぎと考え、引退をほのめかしていた。
 そのため、家老であるオースミダイナーはこの老友の甥子を引き回し、昨年の北海道スプリントカップでは、ディーエスジャックをカガヤキローマンの接待役に当たらせたのである。(=23『心の印』)
 当時のカガヤキローマンは、硬派サカモトデュラブがいないのをいいことに、ディーエスジャックが用意した稽古相手の小姓を、小娘の方がいいなどと断り、結局骨を抜かれて惨敗してしまった。


(1,オースミダイナー)この旨、ご承諾いただけましょうや。
(1,スズオールマイティ)良きにはからえ。
(1,サンガイ)ははっ。ありがたき幸せ。
(1,ディーエスジャック)叔父上の名を恥ずかしめぬよう、誠心誠意努めますです。

(1,オースミダイナー)この者には、当藩の慣例により、初重賞として赤レンガ記念を与えておきました。私もこれを足がかりに家老に取り立てていただきましたゆえ。
(1,スズオールマイティ)良きにはからえ。

 道営藩では、ハセミイホーやヒットパークなど、オースミダイナー派の藩士たちは皆、最初のお役目として赤レンガ記念を勝つことを慣例としている。
 しかし今のスズオールマイティは、ほとんど藩政に関心を示さないようであり、さっさと腰を上げてその場を立ち去りかけた。


(1,オースミダイナー)殿っ。いずれへ参られまするか。
(1,スズオールマイティ)小用じゃ。もう用は済んだであろう。

(1,オースミダイナー)今しばらくお待ちください。このほど、笠松藩を出奔したトミケンライデンが船橋の盗賊一味を探り、情報を手土産に仕官と目通りを願い出ております。
(1,スズオールマイティ)目通り無用じゃ。良きにはからえ。すべてそちの思う通りにすれば良かろう。どうせ今までもそうであったのだから。

(1,オースミダイナー)しからば、とりあえず本日の北海道スプリントカップトライアルで脚慣らしをさせておきます。次に、先頃ご逝去あそばした亡き大殿の葬儀についてでありますが、、、あっ、殿っ。どちらへっ!


 スズオールマイティはそれ以上の報告に耳を貸さず、ぶらりと城を出てしまった。そして、そのまま行方知れずとなったのである。
 その後の噂によると、密かに江戸へ出て隠遁し、身分を隠して特別競走などを徘徊しているらしい。


 ある夜、江戸の長屋に帰ったスズオールマイティがつぶやいた。

(2,スズオールマイティ)せっかくわしが藩主になったというのに、藩のレース体系は短距離偏重が進むばかりじゃ。これではわしのいる場所がない(;x;) これもすべて、藩主交代で出し抜かれたオースミダイナーめの企みであろうか。


 今年、道営藩の1000メートル重賞は5つに増えた。
 その一方で、2000メートル級の重賞は施行場変更に伴いステイヤーズカップの距離が延びたのみで、それ以外の手当はなされていない。

 そうした藩の状況を憂慮しながらも、スズオールマイティは昨年の帝王賞において惨敗しながらも岩手藩主メイセイオペラに先着した感触を忘れられず、今年も帝王賞出走を目論み、適距離も多い江戸に密かに出たものと思われる。
 一方で、トミケンライデンの道営藩入りはその逆の思惑があるとも見られている。


 両者の成り行きやいかに。


前々年の道営記念を制したスズオールマイティだがその後は目立った成績を上げられず。ついには大井に移籍してこっそり条件クラスを走っていることが発覚した。確かに短距離戦ならば中央勢に十分通用する土壌はできているが、中・長距離を主戦場とする道営馬にとって現在の重賞体系は不憫ではある。なお文中、ハセミイホーを“オースミダイナー派”としたのは間違い。トミケンライデンも往年の姿にあらず。

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■作品29『落鉄』 2002/06/11 札幌・ステイヤーズカップ


 ヤマノセイコー時代から熾烈な権力の綱引きが続いている道営藩では、3年前の道営記念で新藩主スズオールマイティが誕生(21『家督』)したが、その新藩主も領内を掌握するに至らず、あろうことか藩主自ら出奔し江戸に潜み暮らしている。
 その間、実権を握り続けていた家老のオースミダイナーは、改革派藩士たちの決起を地力でねじ伏せて来たが、14歳を迎えた当年はさすがに体調思わしくなく、未だ出仕がかなわない状況である。

 そうした中、新たな勢力として藩内に派閥を形勢しつつあるのは現5歳勢であり、一昨年来、各種藩務を卒なくこなしているクラキングオーを筆頭に、外交手腕に長けたタキノスペシャル、短距離のエースであるマークオブハート、旧臣たちの覚えめでたいディーエスジャックらが新興勢力として台頭していた。

 このうち、マークオブハートとディーエスジャックは、オースミダイナーを中心とするいわゆる「旧臣派」、クラキングオーは“旧改革派”の生き残りであるシルバースワットが要する「急進派」、タキノスペシャルは独り全国を股にかけて名を売ってきた「急伸派」、ということになる。


 しかしここに来て藩内を揺るがしているのは、前新潟藩主で、スズオールマイティと同じく江戸に隠遁していたチェイスチェイスがやって来たことである。
 曲がりなりにも一国を支配し統一Gの経験豊富なチェイスチェイスは、今の道営藩にあっては向かうところ敵なし。道営藩士たちも、この者の扱いに戸惑っている様子がありありと伺えるのである。



〜長距離杯〜

 6月11日、開催本城である桑園の殿中を、評定に向かう藩士たちがそぞろ歩いていた。この長い廊下の先には、ブリーダーズゴールドカップの優先出走権が待っているらしい。
 先頭を行くのは、クラキングオーとマルカダンガンである。

(1,マルカダンガン)近頃は、江戸よりやって来たチェイスチェイス公の羽振りよろしく、貴殿の働きも霞み気味でござるなぁ。
(1,クラキングオー)あのお方は単なる客人でござる。江戸の殿より密かに参った書状によれば、腕利きの剣客を見つけたので、藩の内情をお話しし、しばらくの間当地の政事を監視していただくことにしたとか。
(1,マルカダンガン)しかし聞くところによれば、以前は新潟藩主であったとか。そのようなお方が、我が殿ごときの依頼に簡単に応じるものであろうか。
(1,クラキングオー)待たれよ。殿を見下したかのようなそのお言葉、聞き捨てならぬ。

(1,シルバースワット)フラリとやって来ていつの間にか実権を握ってしまった当家ご家老の例もござる。油断をしていると、あの者も何を考えているかわからぬぞ。
(1,マルカダンガン)そうそう、そのことでござる。

 現体制を心よしとしないシルバースワットが口を挟んで来た。


(1,クラキングオー)チェイスチェイス公が、ご家老に取って替わられるとでもいわれるか。。。
(1,シルバースワット)家老ぐらいなら良いがのぅ。改革と称して我が藩そのものを乗っ取られるかもしれぬな。
(1,マルカダンガン)そうそう、そのことでござる。
(1,クラキングオー)で、では一体どうすれば。。。


(1,シルバースワット)とりあえず、その器と実力のほどを確かめる必要があるかな。
(1,マルカダンガン)そうそう、そのことでござる。
(1,クラキングオー)ど、どうするのでござる。。。

(1,シルバースワット)あの者、元は新潟藩主であったとか。新潟といえば、ほれ。
(1,クラキングオー)新潟といえば、、、なんでござる?
(1,シルバースワット)改革目指して前に進もうとしたらば、誰かがスカートを踏んづけてたとかなんとか・・・
(1,クラキングオー)マキコ大臣でござるか?

(1,シルバースワット)うむ。その手で行こう(^ー^)


 その頃、チェイスチェイスはタキノスペシャルを捕まえ、ダートグレード競走談義に夢中になっていた。

(1,チェイスチェイス)競走馬として生まれて来たからには、やはり統一Gにどんどん出走すべきでござろう。
(1,タキノスペシャル)同感でございます。積極的に藩外のレースを経験し、視野を広めるべきと存じます。
(1,チェイスチェイス)見たところ、当藩にはそうした経験を積んでいる者はほとんどおらぬようじゃのぅ。
(1,タキノスペシャル)お恥ずかしい限りにて。それがし、藩の外交責任者として、いずれはグレードタイトルの1つや2つは取りたいと思っております。
(1,チェイスチェイス)うむ。なかなか頼もしいお言葉じゃ。


 と、そのとき、何者かがチェイスチェイスの袴の裾を踏んづけた。

(1,チェイスチェイス)あ、何をするっ。
(1,シルバースワット)これはこれは、ご無礼つかまつった。ささ、どうぞ先へおいでください。チェイスチェイス様をこんなところでお引き止めしては申し訳ない。
(1,チェイスチェイス)うむ。では、失礼いたす。

 と言いながら、シルバースワットはさらに裾を踏み続けた。すると、

(2,蹄鉄)ズボッ!


 落鉄である。


(1,チェイスチェイス)ああっ。蹄鉄が脱げてしまったではないかっ!!

(1,シルバースワット)いやいや。チェイスチェイス様ともあろうお方が、落鉄ぐらいどうってことござらぬ。ささ、どうぞ先をお急ぎください。お履き物は、それがしが後からお持ちいたします。
(1,チェイスチェイス)う、うむ。では。。


 だが、チェイスチェイスにとっては、これが命とりとなった。
 なんとすれば、3〜4コーナーで上がって行く手応えは抜群に良かったものの、先を行くクラキングオーとマルカダンガンとの直線の攻防を制することができず、藩内6戦目にして初の黒星を喫してしまったのである。



 そしてシルバースワットが、

(1,シルバースワット)うーむ。実力はありそうだが、器は大したことなさそうじゃ。ちょっと策を弄すれば、当藩の生え抜き馬でも何とかなるかも・・・

 などと自らの大敗も顧みず論評していたそのとき、後ろから不意に声をかける者があった。


(1,マサノチャーミング)これ、シルバースワット。
(1,シルバースワット)なんじゃ。このわしを呼び捨てにするとは無礼な、、、あっ奥方さまっ!

 今は亡き前藩主ヤマノセイコーの奥方、マサノチャーミングである。


(1,マサノチャーミング)なんという姑息なことをしやる。それでも当藩の武士か。
(1,シルバースワット)な、何のことやら。それがしは正々堂々と闘っております。
(1,マサノチャーミング)ごまかしてもダメじゃ。わらわは、ずっと最後方から見ておったぞよ。亡き大殿は、人望はなくとも真っ直ぐな馬柄にて、姑息な手段のお嫌いなお方であった。そなた、大殿の教えをなんと心得るっ!


(1,シルバースワット)も、申し訳、、ございませぬ(;x;)


第46回ステイヤーズカップ  2002/6/11 札幌2400メートル 曇・良
      性齢 重量 騎   手 タイム 着差 人気
クラキングオー 牡5  56 堂山直樹 2.33.4   
マルカダンガン 牡9  55 川島洋人 2.33.7 11/2
チェイスチェイス 牡8  58 宮崎光行 2.34.0 11/2
ツギタテヒカリ 牡5  55 齊藤正弘 2.34.1 1/2
シンコウリーダー 騙9  56 佐々木国明 2.34.6 21/2
ダービーワイルド 牡6  54 千葉津代士 2.34.8
タキノスペシャル 牡5  54 井上俊彦 2.35.0
ホッカイワントン 牡5  54 藤倉寛幸 2.35.4 10
シルバースワット 牡8  55 岡島玉一 2.36.0
10 ヤマヒサヒロイン 牝9  55 五十嵐冬樹 2.37.8 12
11 ノーザンウェー 牡8  58 森川一 2.37.9 1/2
12 マサノチャーミング 牝10  53 沼澤英知 2.38.0 3/4 11


ブリーダーズゴールドカップのトライアル重賞。新潟から大井を経て転入のチェイスチェイスは、前年の道営記念を含めここまで地元5戦5勝。しかし6戦目の今回は1角で落鉄。中団から抜群の手応えで先頭に取り付いたものの、直線の伸びを欠いて3着に敗れた。長距離戦に強いクラキングオーが2連覇で重賞4勝目。

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■作品31『引退』 2002/07/06


 6月30日、道営藩の重役方が門別本城に緊急招集された。

 折しも、藩務の旭川開催が始まる当該週であり、主だった藩士たちは既に上雨紛の屋敷に仮住まいを始めた直後だったので、この急な呼び出しは大いに迷惑がられた。


(1,クラキングオー)いったい何事なのか。それがしはブリーダーズゴールドカップを控えて、これから大事な1か月を迎えるというのに。
(1,シルバースワット)まったく、こんな時期に呼び戻されるとは迷惑千万!
(1,モミジイレブン)どうせまた御家老の気まぐれでござろう。あやつは我々藩士の都合などこれっぽっちも考えておらぬ。


(2,タキノスペシャル)これは、藩政に関わる重大事に相違ございませぬ。もしやすると、チェイスチェイス様が藩主に指名されるのでは…?
(2,チェイスチェイス)江戸においでの殿は、藩政に直接タッチできない御様子。それ故、わしが監視役を任されたのじゃ。それに、藩主は譜代の者が務める習わし。わしの出る幕ではないのじゃよ。


 藩主のスズオールマイティは、今のところ江戸に潜んだまま一向に戻る気配がない。
 それ故、藩政は家老のオースミダイナーが一手に引き受けている現状である。

 しかし14歳になるオースミダイナーも寄る年波には勝てず、今年はまったく藩務を怠っている。
 そしてこの日、意を決して主要藩士たちを門別に呼び集めたのである。


 やがて大広間に、側近のマークオブハートとディーエスジャックを介添えに、オースミダイナーがよろよろと現れた。
 藩主不在の上座は空席のまま、一同が居並ぶ最前列にオースミダイナーがゆっくりと座り、介添えの2頭は一同の末席に下がって行く。

 そしてオースミダイナーが口を開いた。


(1,オースミダイナー)わしはこのたび引退を決意いたした。昨年道営記念出走後は休養いたし、2月より稽古を始め、最高齢勝馬への挑戦、最高齢出走のミスタートウジン公を追い抜くべく努力いたしてまいった。しかし14歳という高齢から来る、膝、肩等の関節の柔らかさがなくなり、筋肉が衰え、競走に耐えうる稽古ができなくなった。気力は若者に負けない自信があるが、馬場で勝負する体力はなかった。長年ファンの諸君に応援いただいたことに、心より感謝いたし、城を去ることといたす。まだ引退後の道は決まっておらぬが、しばらく静養し進む道を考えたいと思う。長い間まことにありがとうござった。
          (若松厩舎HPよりオースミダイナー本馬による公式の弁)



 喋り終わって、大広間にはしばらくの間、沈黙がつづいた。
 やがて、、、

(1,クラキングオー)で、あるか。。。
(1,シルバースワット)バカバカしい。わしは明後日出走なのだ。そんなことでいちいち呼び戻さないでいただきたいっ!
(1,モミジイレブン)それがしも明明後日にはタキノスペシャルと手合わせしなければならぬ身。忙しいのでござるっ!

 藩士たちは口々に雑言を吐きながら、慌ただしく席を立った。


(1,タキノスペシャル)それがしも、今週復活を期しております故、これにて失礼いたします。ご家老にはほとんど面識もござりませんでしたが、お疲れでござった。
(1,チェイスチェイス)では、わしも失礼いたす。家老の職は、しかと承った。

 タキノスペシャルもオースミダイナーの引退にはこれといって感慨はなく、チェイスチェイスは勝手に家老を名乗り始めたようである。


(1,オースミダイナー)虚しいのぅ。これも外様の悲しさか。12年間の現役生活は何だったのじゃろう。
(1,マークオブハート)ご家老のご意志は、私が継ぎます。中・長距離派の連中の好き勝手にはさせません。
(1,ディーエスジャック)それがしも、叔父上やご家老のような息の長い競走馬を目指します。

(1,オースミダイナー)うむ。両名ともその気持ちを忘れるな。特にマークオブハートには、わしが成し得なかった地方最強スプリンターの座を目指してほしい。
(1,マークオブハート)お任せくださりませっ!



 オースミダイナーは、幕府在勤当時から数えて12年、道営藩に召し抱えられてからは7年間の現役生活で、6年連続、10個の重賞タイトルを獲った。

 しかし、ヤマノセイコー政権時代に財政再建策として藩の賞金体系を見直したため、晩年は自らの収入も落ち込み、藩在勤中の獲得賞金は1億4699万4千両に留まり、ついに旧藩主ササノコバンを超えることはできなかった。
 その差は314万4千両。

 バブル末期に全盛を誇ったササノコバンと、その後の緊縮財政下に藩を支えたオースミダイナーとの違いが、そこにはある。
 これもまた、いかにもオースミダイナーらしい結末といえよう。


オースミダイナー引退。20戦連続重賞出走、同一重賞4連覇、6年連続重賞制覇、日本最高齢重賞制覇、日本最高齢勝利、、、など持ち出せる記録は引きも切らないが、中でもこの馬の象徴として特筆しておきたいのは、1997〜98年にかけて地元道営の重賞を2年連続皆勤したこと。自らの体調に左右されることなく、あらかじめ組まれた年間の番組に沿って全重賞に顔を出すのは至難のことであり、もともと脚部不安のためデビュー当時中央で大成できなかった経歴の持ち主を、そこまで建て直した厩舎関係者の努力にも敬意を表するものである。冬季休催のある道営に属したことも息を保たせた要因と思え、休催明けの春には滅法強く、気候の良くなる初秋にもそこそこの成績は収めたが、夏と冬はとても弱い馬であった。

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